「近くにいるだけで良いのだ。相談役でも何でも良い。俺も特別な事をしてきた訳ではない。話を聞いてやるだけで充分なのだよ」

 翼は大きく溜息を吐き、瞳を閉じた。
 疲れているのだろう。

「それはお前の仕事だろう。私は外敵からこの国を守るので手一杯だ。……子比、早く体を治せ」

 ぽん、と肩を叩く。
 自分よりか細いその体に、韻は驚いた。
 元から女のように華奢であったが、今では骨のようである。

「まぁ、良いさ。……」

 翼は言いながら手を叩いた。

「お前の役に立つだろう者を紹介させてくれ。何だってする男だぞ。諜報から暗殺、潜入や夜の相手もだ」

 韻は首を傾げながら振り返ると、いつの間にか小柄な男が膝を付いて頭を垂れていた。

「李燕と言う。俺が扱う草の者の一人だが、最も頼りになる者だ」

 紹介され、男が顔を持ち上げる。
 歳は十代の後半くらいだろう。まだ少し幼さが残る顔立ちをしていた。
 だが、そこらの新兵とは格段の違いがある。目に宿る輝きだ。
 韻を睨め付けるような黒い瞳は力強く、大きな戦力になるだろう事が伺える。

「韻。明日お前は李燕を連れて戦場へ戻れ。お前はお前に出来る事を全力でやるのだ。……呼び出して悪かったな」

 韻は反論する間もなく、半ば押し付けられた形で李燕と共に屋敷を後にした。

 四日後、戦場に戻る途中の韻の元に都からの早馬が追い付いた。
 郭子比、享年三十六。
 死因は病の悪化だが、その病が何であるかは解らないらしい。
 家族縁者がいない為、張皖が喪主を勤めると言う。
 今から取って返せば葬儀には間に合う。
 だが、韻はまっすぐ前を向き、戦線を目指した。
 自分が出来る事。それは戦だけ。

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