韻は勢いよく剣を鞘から抜き、栄夐へと切っ先を向けた。
 良い度胸だ。

「私は他人の血を見るのは好きだが、自分の血を見るのは御免だ。覚悟しておきたまえ」

 軽く剣を交える。

「後悔するなよ」

 韻がまず低く構えた体制から切り掛かる。栄夐は細腕でそれを弾き、切り返す。
 女のように細い躯のくせに、並の男以上に剣技が優れている。
 右に左に、剣が踊る。
 一向に栄夐に息が上がる様子が見られない。

「諦めるならば早い方が良いぞ。私は一晩中でも踊ってみせよう」

「その減らず口を黙らせるまで諦めんから安心しろ」

 韻の蒼い剣と栄夐の黒い剣が搗ち合い、火花を散らす。
 力は互角……いや、栄夐の顔には余裕が見て取れる。実力の七割と言ったところか。
 決着は急がねばならないが、隙がない。
 一旦間を取り、深く息を吸った。
 隙が無ければ作れば良い。
 韻は軽く床を蹴り、栄夐に切り掛かった。
 中段の突きは栄夐の剣に軽く去なされ、そのまま振り上げられた黒い閃光が韻の脇を掠める。ほんの少しだけ、左腕を引っ掛けた。
 傷の事は気に止めず、身を翻し、再び栄夐目掛けて剣を振るうも、しっかと黒い剣に受け止められてしまう。
 と、韻は鋭く栄夐の脇腹目掛けて蹴りを入れた。一瞬よろめく隙を逃さず、韻は剣を振り下ろす。

「戦いとは、何をしてでも勝たねばならぬ。こう言った闘いの場合は特に、だ」

 切っ先は、栄夐の頬を微かに掠めた。
 栄夐は、たらりと垂れる自らの血を左手で拭い、口元に笑みを浮かべる。

「私に傷を付けるとは流石音に聞く張将軍。たが、何をしようとも、我が軍に来ては頂けないのだろう。非常に残念だ……」

 今までとは違い、嬉々とした感情がうっすら感じられる口調に、韻の背筋に冷たい物が流れた。

「戦は続く。余と、君が生きている限りはな」
 

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