「さぁて、じゃじゃ馬のかわいこちゃん。お前さんのお馬さんは逃げちまったみたいだぜ」

 韻は頬を叩かれる軽い衝撃に目を覚ます。
 起き上がろうと腕に力を入れるが、縛られているらしい。
 目を開けると、視界には下卑た男の笑みと、空があった。
 首を持ち上げると、ほかの男達と彼らの脚が目に入る。人数は御者を入れると七人。
 馬車に乗せられている。
 賊になんぞ捕まったのか。
 韻は小さく溜息を吐いた。
 いや……。

「お前達、乕の人間か」

 全員同じ黒い鎧に身を包み、同じ剣を持っている。
 正規の軍である。それが何故このような場所にいるのか。

「そうさ、俺達は名高き黒乕の人間よ。さるお方がお前に会いたがっておいででな。わざわざこんな小芝居を打つ嵌めになったわけよ」

「おいお前、あんまり変な事言ってると首が飛ぶぞ」

 ケラケラと笑い声が響く。
 国境からはかなり離れているはず。何故このような場所で乕の部隊と出会うのか。
 韻は混乱した頭を整理しようと、再び瞳を閉じる。
 さるお方とは誰だろうか。
 あの国で自由に身動きの取れる偉い人間と言えば、一人しか思い当たらない。栄家の御曹司、栄夐(エイケン)だ。
 栄夐、字を季遠(キエン)と言う。
 栄家の四男に生まれたが、いつの間にやら太子の座に居座っている男。
 他の兄弟は皆、不可解な死を遂げている。
 栄夐が彼等を殺したと言う証拠は何も無く、しかし、動機は充分過ぎる程ある。限りなく黒に近い灰色なのだ。
 そんな男が何用だろうか。
 韻は首を捻った。

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