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日が、頂点へ向けてゆっくり、ゆっくりと階段を昇っていく。 韻は弓に弦を張り終え、城壁の上から森を眺めた。 賊はもう目の前にいる。
「姿を現したらどうだ。夜を待っているのだとしても、我が砦は闇を寄せ付けず、昼間のように明るい。隠れる場所はないぞ」
韻は高らかに声を上げた。 彼らの目的は食料だろう。 韻がこの砦に配属されてから、彼らが襲えるような商人や旅人は通していない。 五年で賊を駆逐すると公約し、韻はわざわざやって来た。
「我らはついに貴様を撃ち破る秘策を手に入れたのだ。そちらこそ、大人しく降伏しろ」
図太いだみ声が辺りに響く。 この賊の頭であろう。韻は幾度か顔を見た記憶がある。毛皮の鎧を着込んだ荒々しい男だったはずだ。
「ほほう、面白いじゃないか。先にその秘策とやらを見せてもらおう。それで死んでも後悔はせんぞ」
韻は城壁の縁に足を掛け、身を乗り出してみせる。 右手の森の中に頭がいるようだ。ちらりと毛皮が見えた。
「命は大切にするもんだ。降伏すりゃ命は助けてやるし、痛い目にも会わんで済むぞ」
いつものハッタリ、いつもの台詞に、韻はふっと笑った。
「その台詞、そっくりそのままお返し致そう。それで、今日は何用だ。いつまでも遊んでいられる程、暇ではないのだよ」
「今日は本気だ。さっさと降伏し……」
頭の言葉が終わるより前、韻の左頬を矢が掠めて行った。 飛んできた方向は、三間(30m)程先の森の中。……はて、賊にこのような名手がいただろうか。 韻は袖で血を拭い、瞳を閉じながら弓に矢を番え、一つ深く呼吸をする。 風を感じ、矢の起動を頭の中に描く。 目を開くと同時に、力一杯引かれた弦から指を放し、森へ矢を放っていた。
「門を開け。私も出る」
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