我が心中の 望みを叶えし
  遣らずの雨よ
 君は止むなし 雨宿り


「雨、か……」

 広い庭の一角にある休憩所からは、庭の風景がよく見える。
 この孟夏の頃は、草木も青々とし、清々しい薫が鼻をくすぐる。

 長い黒髪を結い上げ、縹色の着物を羽織った男は、黒く重たい空からついに零れ落ちて来た雨の雫を見詰めていた。
 その隣で、深緑の服を着込んだ女が、男の盃に白濁とした酒を注ぎ込む。

「久しく二人で飲もうと思えば、生憎の雨が降る。鐫様の日頃の行いが悪いのではありませんか?」

 言って女は男の向かい側へ、静かに腰を下ろした。
 男は注がれた酒を一口啜り、雨の降る景色から、視線を対峙する女へと向ける。

「私の行いが悪い所為なのかな? 雨は、嫌いか。紅」

 紅と呼ばれた女は、ニッコリと微笑み、自分の盃を手に取った。

「嫌いな訳ではありませんが、私は蒼い空が好きに御座います故……」

「そうか……ならば私の所為なのかも知れんな……なぁ、紅よ」

 紅はゆっくりと瞬いた後に「なんですか」と上目使いで答える。
 だが、鐫は再び外の花菖蒲へと視線を移していた。
 その事に、少しむっとした表情を浮かべた紅だが、鐫は気付く様子は無い

「この雨に、いつまでも止まずにいてもらいたいと思う。降り続く限り、君とこの場所で語り合える気がする」
 
 紅は黒い瞳を閉じつ、すくっと立ち上がり、鐫の視界に入り込むように移動した。
 絹の柔らかい袖から、すっとその白く細い腕を伸ばし、落ちて来る雨水を受け止める。

 一滴、二滴。

 零れた雫は腕を伝い、肘から地面へと落ちて行く。

「遣らずの雨は、一時の夢。……だからこそ、楽しみましょう、雨宿り」

紅は言って、鐫を振り返った。


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