chapter.1 eins.
 
 ガッ、ガッ、と壁を鶴嘴で砕く音が、辺りに響き渡っている。
 ここは昔、岩塩の坑道だった場所で、本来ならば、もう誰も採掘などしていないはずであった。
 しかし、音は響いている。それも一つや二つではない。

「この先に間違いない。もう少しだ……」

 坑道にいる男達の中で、最も上等な服を着込んだ、壮年の男が小さく呟いた。

 男はつい先日、この坑道が走る山ごと買い占め、再び採掘らしき事を始めた。
 もう岩塩は全く出ないと知りながら契約書にサインをする男を、周りの人間は白い目で見つめた。
 「金持ちの道楽だろう」と笑われている事も男は知っていたが、全く気に止める事は無く、今もこうして採掘現場に入り浸っている。

 不図、男は煙草に火を点そうと、ライターの蓋をカチリと開く。すると同時に、キーンと言う、澄んだ金属音が谺した。

「旦那、何か……何か、あるようです」

 男はそれを聞くと、煙草を落とし、目を見開いて立ち上がり、ふらつく足取りで歩き出した。


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