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暗い部屋の中で、男は背後に現れた黒い影に気付く様子も無く、カタカタとコンソールを叩いている。
「今更、何をしても遅すぎですよ」
低く、血が凍るように冷たい声が、部屋の中に響き渡り、男は驚いて振り返ってやっと背後の存在に気が付く。
「と……扉には鍵が……」
甲高い声を出しながら男は眼鏡を押し上げ、その奥にある蒼い瞳を丸くした。 白だか金だか判別するのが難しいその髪は、方々に伸び放題に伸び、目の下にはくっきりと隈がある。
「扉、結界、フォースフィールド……全て“我々”には無意味なの事は、お分かりでしょうな?」
影に居る男は、淡々と同じ調子で喋っている。 モニターの光に照らし出されたのは、頭の先から爪先まで真っ黒な男の姿だった。 ただ一点、左腕の赤い腕章が目を引く。
「……“運命の夜想曲”か? 私が何をした?」
「時間切れ……“我々”はもう、充分過ぎる程お待ちしましたよ。デア・マイスター……私は今日、“執行者”としてこの場所へ来たのです」
言われた男は一瞬眉を顰めながら、首を捻った。 その表情を面白くなさそうに見つめながら、黒服は言葉を続ける。
「この世界に歪みをもたらした罪は重い……全てを是正する為に、まずは貴方に消えて頂かねばならないでしょう」
黒服は言いながら、ゆっくりと右手を持ち上げた。
「協同研究を提案してきたのはそちら側だったはずでしょう。今更この研究の全てを見捨てるおつもりなですのか?」
「貴方のしている事と、“我々”の理想とは違ってしまったのですよ……今更道を正している余裕は無い」
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