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「フィンメル……?」
「アド、早くここを離れよう。早く、帰ろう」
返って来たフィンメルの声も心もいつになく静かで、あまり感じた事のない調子だった。 「解っているよ」とアドルフは答え、階段を踏み締め、明るい場所を目指して足早に祠を後にする。 外に出てちらっと振り返ると、中は既に暗く、今まであった光源は何だったのか不思議だったが、深く考えずに前を向く。 初夏の眩しい日差しが、暗闇に馴れた瞳を手荒く迎えてけれるだろと思っていたのだが、目の前は祠の中のように真っ暗。 少し視線を持ち上げて見ると、暗闇の正体はフィンメルの顔であったようだ。 ずいっと退いたフィンメルの横から、ライネがティファに踏み潰されそうになっている男を縛り上げに向かった。
「この先に何があった? ……いや、飛びながら話そう」
茶髪の男をフィンメルの前足で握らせ、少女を背に乗せ、アドルフは騎乗する。 上空からゆっくりと辺りを見回せば、二匹の竜が大暴れをしたのだろう。祠の近くの木々が見事に薙ぎ倒されていた。 後ろにライネとティファが飛び上がったのを確認し、再び都への帰路につく。
「……何か、私に話があるのか?」
アドルフは声に出さずフィンメルに語りかける。
「中で何があった? 何故私の言葉を聞かなかった」
フィンメルの羽ばたきで、腕の中で眠る少女が微かに動いた。
「何があったのか、私も知りたいところだ……何も覚えていないのだよ」
そう言うと、フィンメルは不満げに大きく鼻を鳴らしながら首を振る。その反動で手綱が引かれ、少女を取り落としそうになったアドルフは、慌てて左手を支えに回した。
「竜の歌を耳にしたはずだ。なのに、何も覚えていないのか……」
「何もかもと言う訳ではないさ。……あの祠の奥には壁紙があった。古い文字のような紋様で……そうだ。それが小さな竜になって――」
そこまで言うと、急にフィンメルから一方的に心を閉じられた。 一瞬、フィンメルから恐怖を感じたアドルフは、それ以上語りかけるのを止め、真っ直ぐ前を向く。
視線の先には森が開け、白い石作りの大きな城下町がある。 さらに先には彼方の碧い山を背にして、白く輝く針のような城もよく見えた。 そこはカナンの白き都、ギーブル。 我々の帰るべき街。 我々の護るべき街。 白い故郷である。
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