時は過ぎ、時は来たる
 暗い廊下に五、六人程の足音が響き渡る。
 その廊下の突き当たりにある部屋には、男が一人、赤いソファーに悠々と腰を下ろしながら琥珀色の液体に舌鼓を打っていた。
 部屋の窓は重たそうな黒いカーテンが閉められており、時計も無い為時間を把握するのが難しい。
 勢いよく開かれた扉が風を起こし、灯が怪しく揺れた。

「さぁ、やっと追い詰めたぜ。レイヴンズ……そろそろ死んでもらおうか」

 部屋に押し入ってきた者達の中で、一際大柄の男が指を鳴らしながら低い声で言う。
 その男が合図をすると、手下が女を一人、部屋に連れて入ってきた。

「この女がお前さんの居場所を白状してくれたぜ。まったく、ちょこまかとよく逃げやがる野郎だ」

「俺は逃げてるわけじゃねぇよ。実際、今てめぇの目の前にいる」

 レイヴンズと呼ばれた男は、グラスを机に置いてから立ち上がった。その背丈は高く、大柄の男と引けを取らない程である。
 黒い服越しに見ても、引き締まった無駄のない体躯をしているのがよく解る。
 髪も黒く、烏の名前そのままだと言えた。

「けっ! 逃げ場が無くなっただけだろう。今までてめぇが殺してきた俺の子分や同志達の恨み、今日こそ晴らしてやる」

 レイヴンズは太股に差してある銃に手を伸ばす。
 すると、手下に拘束されている女が叫ぶ。

「愛しい人……私を見捨てないで」

 女の首元には、小剣が突き付けられ、うっすらと血が滲んでいた。
 レイヴンズは片頬で薄ら笑みを浮かべる。

「はっ! 何を今更。愛だ恋だなんて言葉、この俺が信じているとでも? ……笑わせてくれるじゃないか。お前がそいつらの仲間なのは最初から知ってたさ」

 男が銃の引き金に指を乗せた所でレイヴンズが銃を引き抜き、男の眉間を撃ち抜く。
 一瞬の間の後、次は女を、その次は女を拘束していた手下を撃ち抜き、引き金に乗せた指を退かした。

「さぁ、次にあの世に行きたい酔狂な奴はどいつだ」

 レイヴンズが睨むと、男共はこぞって部屋から逃げ出した。
 他愛ない、とレイヴンズは溜息の代わりに立ち上がる硝煙に息を吹き、そっとホルダーへと戻す。
 仰向けに倒れた男を爪先で小突きながらその顔を覗き込むと、間抜けな顔だ、と片頬で笑った。

「時は密かに忍び寄って来る。それは弾を込めた銃と同じだ。一度世に放たれたら二度と戻る事は無い……普通の人間は、いつになったら気付くんだ」

 レイヴンズは置かれたグラスに残った液体を呷った後、ソファーの影に転がっていた古いトランクを手に取り、大股で部屋を横切る。
 黒いカーテンを勢いよく開くと、窓の外は黄昏が包む夕暮れ時であった。
 まるでレイヴンズを待っていたかのように、手摺りに烏が二羽停まっている。

「……さぁて、そろそろこの萎びた街ともおさらばだ。次は何処へ行きますか、お二方」

 そう呟きながら、レイヴンズは手摺りを軽々と飛び越えた。
 

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