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イヴァンもデーモン達も両者睨み合い、まさに一触即発の状況。そんな中、ノエルの傍にいたデーモンが耳元で、小さくも険しい声色で言う。

「大丈夫、デス。守ってみせますから」
「……いやいやいや」

ノエルは、何を言ってるんだという意味を込めて首を振る。しかし、デーモンには不可能だと言っているのだと捉えられたらしく、しきりに大丈夫と繰り返した。

そんなことをしているうちに、イヴァンが一歩を踏み出す。それを切欠に、デーモン達も動こうとしている。雷のようなビリビリとした空気に、ノエルは腕を前に出した。

「ちょ、ちょっと待て!!」

咄嗟に魔法で風の障壁を作り、イヴァンとデーモン達が近づけないように間を引き裂く。風という属性を選択した事が間違いで、細かな砂が舞い、目が痛くなったがそれでも魔法を止める事は出来なかった。

デーモン達の考えは分からないが、イヴァンは確実に勘違いをしている。無意味であろう争いが起きることは、避けたい事だった。

イヴァンが何やら叫んでいるようだったが、風のせいであまり聞き取れないので無視し、魔法を維持しながらデーモンに向かって大声を上げた。

「あいつ、あんなんでも魔王だぞ!どうして争い事起こそうとしてるんだ!?」

魔王、といえば魔族の頂点だ。強いとはいえ、それはデーモンにとっても変わりなく、王のはずだ。だというのに、デーモン達は全面的に対決しようとしている。風の障壁の向こう側にいるイヴァンが魔王だと気付いていない可能性は、考えにくかった。魔王の証である黒髪と赤目は、デーモン達にもしっかり見えていたはずだ。

ざざ、と砂の踊る音だけが響く。しばし黙りこくっていたデーモンは、下を向きぽつりと言った。

「もう、嫌なのデス」
「なにが!?」
「闘うのも……命を奪うのも」
「……え」

予想していなかった答えに、ノエルは言葉を失った。人間達の間では、デーモンは醜悪なものだと認識されている。と、いうのも魔王討伐には必ずといって良いほどデーモンが立ち塞がり、甚大な被害を残しているからだ。町や村を襲い、逃げ惑う人間を容赦なく葬っていく、という文献は、読み飽きるほど残されている。

だからこそ、そのデーモンがそんな事を言うのが、信じられなかったのだ。

面食らっているノエルに、沢山のデーモンが次々と叫ぶ。

「私達は、本当は争いたくない!」
「デモ、魔王に逆らうと、消されてしまう!」
「いいえ、それどころか、魔物にされるデス!!」
「え、えぇ……ちょ、ちょっと待て!」

デーモンの言った、魔物にされるという言葉がどうにも引っかかった。魔物とは、魔族が闇に呑まれて理性を失う事で生まれる存在のはずだ。しかし、魔物に“される”ということは、故意に魔族に理性を失わせる事が出来るという事。

「魔王は……魔族を魔物にする事が出来るのか?」
「そうデス!だから、私達はイマまで!!」

それは、悲痛な叫びだった。

確かに、それならば魔王の出現と同時に、魔物の数が増えるという事にも説明が付く。魔王が魔族を魔物にしているとしたら。本当は争いたくない魔族を、従わせるためにそうしているのなら。

魔物が増えるというのは、当たり前のことだ。

「そ、っか……」

人間が勝手に、絶対王政だと思っていた魔族も実はそうではなかったのだ。ただ、魔王が理に反するほどの力を持っていただけ。

しかし、デーモン達の殺生嫌いは、今回の場合は都合が良い。

嘆いているデーモン達を見渡し、ノエルは声を張り上げた。

「話を、聞いてくれ。あの魔王──イヴァンは、今までの魔王とは違う」
「違うだなんて、そんなコト……!」
「信じられないかもしれない。けど、あいつは敵対するはずの人間である俺に、世界平和のため、協力を仰いでくるような馬鹿だ」

ざわつくデーモン達に、ふっと笑いかける。

「それにあの魔王、スライムを見て強者絶対の魔族の仕組みも変えたいだとかほざいてたぜ?役立たずだから、従わないからと無理矢理魔物にするような奴じゃない。実際そんなところ見てないしな」
「デハ、どうしてアノ人は貴方を灼熱地帯に連れて行こうとしていたのデス!?」
「……灼熱地帯?」

話を聞くに、ノエル達の向かっていた方向の先には灼熱地帯があり、デーモンなどの魔族達でさえ暑いと感じるらしい。そんな場所に人間が入ってしまえば、確実に死んでしまうだろう。道理で少し前進したくらいで気温が大幅に上がるはずだと、ノエルはそのまま進んでいた時の事を想像してぞっとした。


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bkm
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