エルフの村、という名前の通り、ノエル達が訪れたのはエルフの住んでいる村だ。魔族の中でもエルフは比較的争いを好まない為、イヴァンの考えに賛同しやすいのではないか、というファルセの考えの元、初めにエルフの村を訪れたのだ。
「手を挙げろ、汚らわしい人間め」
だが、これは一体どういうことだろう。そんな事を考える間もなく、武器を持ったエルフ達に囲まれたノエルは静かに手を挙げた。
無抵抗のノエルに武器を突きつけたエルフ達は、乱暴に手を一纏めにし、素早く拘束魔法をかけた。少し手を動かすだけでぎりぎりと縄が肌に食い込むため、大人しく動くのをやめた。
「……これは、一体?」
遅れてきたイヴァンが、エルフ達にノエルが捕まっているという状況に目を丸くした。イヴァンはすぐにノエルに走りよろうとするが、それを目で制す。口を小さく、来るな、と動かすと納得のいかなそうな顔をしながらも立ち止まった。
それにしても、とノエルは辺りを囲むエルフたちを見回す。目が合うたび、感じるのは相手からの敵意と嫌悪。争いを好まないと聞いた割に、随分と好戦的な態度だった。
「何だ、騒々しい。何事だ」
「村長!人間が、人間が私達の村に──!!」
村長、と呼ばれた人物の方を向くと、落ち着いた風貌の、青年くらいに見える男が人だかりの方へゆっくりと歩いてきていた。しかし、その男はノエルを目に映した途端、不快だと言わんばかりに顔を歪める。
「何故、ここにいる。人間」
「……ちょっと、道に迷って」
わざとらしくおどけた調子で言うと、周囲が殺気立った。飛んでくる罵倒や、時々暴力を受け流しながらノエルはただ考えていた。エルフとは、一体どんな魔族だっただろうか、と。
人の書いた文献などでは賢く美しい種とされていたが、それが本当かどうかなど甚だ疑問なところだ。ノエルからは、エルフ達はただの人間嫌いにしか思えなかった。以前、実際に会ったことくらいなかっただろうか、と頭を巡らせてみるも、全く覚えがない。
無抵抗のままのノエルを見ているだけというのが耐えられなくなったのか、イヴァンは素早くノエルに駆け寄り、その肩を抱き寄せた。
「待て!どうしてそのように暴力を振るう!?ノ──」
「いきなり出てきて誰だよ、お前」
名前を呼びそうになったイヴァンに、咄嗟に台詞を重ねる。イヴァンを見上げると、驚きや悲しみが入り混じった表情をしていた。
ほんの少し罪悪感に苛まれながらも目を逸らすと、イヴァンに気が付いたエルフ達は驚いているものの、それ以上に喜びを露にしている。その容姿から、すぐにイヴァンが魔王だということに気が付いたのだろう。それは、村長である男も例外ではなかった。
「貴方は!よくもこのような偏狭の地まで……光栄です」
男が膝を付き頭を垂れると、周りも即座にそれに倣った。
「とりあえず、顔を上げてくれ!……ここでは、人間は嫌われているのか?」
イヴァンが言うと、ゆるりと頭が上がる。それはほぼ同時で、エルフの統率力凄いな、とノエルは若干場違いな事を考えていた。
「人間など好む魔族が、どこにいましょうか。……魔王様、失礼ながらそこの人間は、貴方のお知り合いで?」
「えー、俺こんな悪者ラスボスみたいな奴知らなーい。迷っただけって言ったじゃん」
イヴァンの方は見ずに馬鹿にするように告げると、暴言と共に石まで飛んできたが、ノエルはどこ吹く風だ。治癒魔法でもかけてしまおうかと指先から魔方陣を作ろうとしたが、無理矢理塞き止められるように魔力が流れない。拘束魔法に何らかの仕掛けがあるのだろうと当たりをつけ、思わず舌打ちしそうになった。
「ちょっとー、放してくれないの?地味に痛いんだけどこれ」
「おい、この人間をあそこに運んで置け」
「はい!」
男から命令されたエルフの一人が、ノエルを押さえにかかる。がむしゃらに暴れまわったノエルは、それに乗じてイヴァンの耳元に口を寄せた。
「村長と話。俺とは無関係を装った方が良い」
「しかし……」
「ほら、何事も初めが肝心。しっかりしろよ、まお──」
そこまで言ったところで、背中を思いきり叩かれ、息が詰まった。首元を掴み乱暴に引かれ、思わず咳き込む。ノエルの状況などお構いなしに、エルフはそのまま、ノエルをずるずると引きずった。
泣き出しでもしそうなイヴァンに向かい、大丈夫という意を込めて小さく口を歪めた。それが伝わったのかどうかは、ノエルには分からなかったが。