10

結局準備は夕方まで掛かってしまったため、旅立ちは翌日まで持ち越された。

早い時間に叩き起こされたノエルは、眠い目を擦りながら一つ一つ荷物を確認する。ノエル自身の責任でもあるのだが、気付け薬のせいでビンがごろごろしていて重さがあり、確認もしづらい。勿論、これらはイヴァンに持ってもらうつもりだったが。

「はい、完了」

しばらくかかってからようやく終わり、横にいるイヴァンに荷物を手渡すと、大人しく受け取った。しかし、ノエルの方を向いたイヴァンはそれからじっと視線を動かさず、気まずさから視線を泳がせた。

「な、なんだよ……」
「いや、ノエルの武器はないのかと」

あぁ、とノエルは納得し、イヴァンの傍にある禍々しい大剣に目を向ける。魔王ということもあるからか随分と攻撃力の高そうなその剣は、その上魔法の媒介としても優秀なのが窺えた。当のイヴァンが魔法を上手く扱えないのだから、全く意味はないのだが。

ノエルは剣からイヴァンに目を戻し、不思議そうな顔をしているイヴァンに向かって掌を突き出した。すぐに魔方陣が展開され、白く細長い棒がノエルの手の前に現れる。それは、殺傷力は低いが軽いためとっさに防御する時に便利で、魔法の媒介としては優秀なものだ。

「俺はこれで十分」
「しかし、剣でなくともいいのか?そちらの方が、使い慣れているであろう?」

勇者だったのだから、と続けるイヴァンに沈黙で返し、そっと目を閉じる。ただならぬ様子にイヴァンが戸惑っているのを感じながら目を開き、ノエルは溜め息を吐きイヴァンの大剣を指差した。

「説明しなきゃダメか?それ貸して」
「いや、しかし……」
「はーい、借りますよー」

何か言おうとしているイヴァンを無視し、ノエルは剣柄を握る。途端に、魔力の流れが速くなるような言いようの無い感覚に襲われ、凄いもの使ってんなぁと思いながら、ゆっくり剣を持ち上げた。

「……んぐぐ、おっも」
「大丈夫か?」

なんとか持ち上げる事に成功したものの、剣の重さに振り回されふらふらしているノエルを、イヴァンが慌てて支える。数分も経たないうちに、ノエルの手が耐え切れなくなり、そのままするりと剣が抜けた。音を立てて落下した剣に、ノエルは小さく謝る。

「……な?無理に剣とか持っても今じゃ扱えねぇよ。それに、魔法使うにはこれのほうが便利だし」
「しかし、魔物が来た時にそれではいくらなんでも……」

イヴァンは、ノエルがくるくると宙に弄ぶ棒をとても不安げに眺める。刃も付いていないこの棒では、この付近の魔物を倒す事は不可能だ。更に、太くも無いのですぐに折れてしまいそうだった。

突然、ノエルはイヴァンの目の前に棒を突き出す。突然の事に目を白黒させているイヴァンに、ノエルは勝気に笑って見せた。

「これ、お前の剣で斬ってみろよ。……思いっきり、な」
「えっ!?し、しかし……」
「いいから」

早くしないと殴るぞーとまでノエルが言い出したので、イヴァンは床に転がっていた大剣を手に取る。イヴァンの手により軽がると持ち上げられた大剣は、風を切りノエルの持っていた棒へ一直線へ振り下ろされた。

「──うわっ!?」

軽い音を立て、イヴァンの剣はいとも簡単に弾かれた。否、すぐに離さざるを得なかった。剣が棒にぶつかった瞬間、イヴァンの手に小さな痺れが走ったのだ。それにより、力が抜けてしまい離してしまったのだ。自分の手を首をかしげて眺めるイヴァンにノエルは小さく微笑んだ。

「な、大丈夫だろ?俺より自分の心配してろ」
「す、すごいな!どうやったんだ?それになにか仕掛けでもあったのか?」
「い、いや……。お前が攻撃してくる直前に、ちょっと魔力を纏わせて──」

こくこくと頷き、目を輝かせながら聞いてくるイヴァンに、どこか気恥ずかしさを感じながら丁寧に説明すると、感嘆の声を上げられ胸がむず痒くなるような感覚に陥った。純粋に尊敬を映す目は、まるで子供のようだ。

「俺も早く魔法を使えるようにならなければな」
「……まぁ、頑張りたまえ」

恥ずかしさを紛らわすため、なんとなくイヴァンの頭を軽く叩くと一層嬉しそうに笑い頷かれるものだから、ノエルはさっと視線を逸らした。不自然に早い胸を落ち着かせるよう、手を当てながら。



「忘れ物はないですか?イヴァン様、ノエルさんに迷惑かけてはいけませんよ」
「わ、分かっておる」
「口篭る時点で不安なんですが……」
「だ、大丈夫だ!」

ノエルは城の前で繰り広げられる見た目の近い二人の母と子のような会話を聞きながら、乾いた笑みを浮かべた。一方的にぎゃあぎゃあ騒ぐイヴァンを冷静に嗜めている……ようで結局からかっているファルセは流石と言えた。他人事のようにぼんやりと聞いていると、その矛先がノエルにも向かってくる。

「ノエルさんも、どうかお気をつけて。……また後ろからスライムに体当たりされないように」
「……面目ない」

楽しそうに笑うファルセが実は本当の魔王なんじゃ、と思ったが、それを口に出す勇気はノエルには無かった。

しばらく笑っていたファルセだったが、ふとした拍子に憂わしげな表情に一変する。

「この城の事は、私に任せてください。……なので、ちゃんと帰ってきてくださいね」

本当は、ファルセが一番イヴァンに付いて行きたいのだ、というのが痛いほど伝わる表情にノエルは目を伏せた。得体の知れない、しかも体力の全く無い奴が付いて行くと言うのだから不安になるに決まっている、とノエルはせめても、とファルセを真っ直ぐ見た。

「大丈夫だ。魔王だけは何があってもここに連れて返す。いざって時は転移魔法もあるし」
「……えぇ、ありがとうございます。しかし──」

ファルセはノエルに近づき、軽く額を叩いた。

「貴方も、ですよ?魔王様だけではなく、ノエルさんも待ってます。……せっかくからかいがいのありそうな人を見つけたんですから」
「なんだろう、あまり嬉しくない」

この先、スライムの事はネタにされつづけるんだろう、と考え、ノエルは長く嘆息を漏らした。


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