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「なぁ、どうしても協力してくれぬのか?」
「しつこい」

ファルセがいなくなってからの静寂を、すぐにイヴァンが打つ消す。口では断りながらもノエルは、何故この魔王という立場の男が平和に固執するのかに興味を持ち始めていた。

「……なぁ──」
「そういえば、お前は笑わないな」

ノエルが尋ねようとした時、イヴァンに言葉を重ねられた。唐突だが、純粋な疑問だったようで真っ直ぐな目でイヴァンはノエルを見ている。どうして、なぜ。曇りの無い水晶のように綺麗な目に、ノエルが映る。居心地の悪さを感じ、咄嗟にノエルは目を背けた。

「何故だ?」
「何故って言われてもな……」

起き上がり、肘を付く。少し首を捻りながらも原因を思い起こしてみるが、心当たりはあるもののこれといった決定的な理由があるようには思えなかった。ノエルとて、初めから笑わなかったわけではない。爆笑もしたし、穏やかに笑った覚えもある。しばらく考え込んでいたが、あぁ、と声を上げた。

「楽しくないからかな」
「ん?」
「なにしてても」

一人頷き納得していると、イヴァンが険しい表情をしているのが目に映る。下らない事を考えてるのだろう、と思いながらノエルは唸っているイヴァンをぼけっと眺めていた。

「……賭けを、しないか?」

ずいっと身を乗り出し、イヴァンが言った。綺麗な顔を無言で眺めながら、ノエルは小さく首を傾げた。突然何を言うのか、この魔王は。思いながらも、口にするのが面倒くさいためただ真っ直ぐな目を見つめ返すばかりだ。

「お前の魔力が戻るまでに、一度でも俺様がお前を笑わせることが出来たなら、力を貸してくれまいか?」
「……新手の勧誘か?」

軽い調子でノエルが言うも、イヴァンは本気のようで返事を待っているようだった。賭けをするかどうか。否、これは賭けではない。承諾したところでノエルには何の得もないのだから。しかし、ノエルは面白いと思ってしまった。ただ、純粋な興味。何が面白いのか、どうやったら、笑えるのか。それを、目の前の”魔王”が……イヴァンが思い出させてくれるのか。どうせ、魔力が戻るまでのゲームのようなものだ。暇つぶしには、丁度良い、と。

そう考えたノエルは、ゆっくりと答えを告げる。

「……あぁ、いいぜ」

──やれるものなら、やってみろ。

ノエルがそんな挑発の言葉を口にすると、イヴァンは意気揚々と笑顔を見せる。しん、とした中にお互いの闘志を感じながら、ただひたすら目を射抜き合う。そんな空間を破ったのは、ノエルだった。

「まぁ、まずは睡眠からだな。あ、そうだ俺、基本的に一日半刻しか起きてないからそこんところよろしく」
「は?!」

くあぁ、と呑気に欠伸し始めたノエルを、信じられないとイヴァンは目を見開く。一日を三十に分け考えているので、一刻というのはそんなに長くは無い。半刻などあっという間だ。

「ま、待て待て!その半刻以外は──」
「寝てる」
「嘘だろ!?賭けに負けたくないから嘘ついたんだろう、そうだよな?」
「残念、本当だから」

音を立てて立ち上がったイヴァンを見上げながら、平坦に返事をする。本当はもっと寝ているけど、というのはあまりの狼狽振りがかわいそうになってきたので言わなかった。ノエルなりの優しさというやつだ。

不健康だなどぶつぶつと相変わらず魔王らしくない事を言っているイヴァンを見上げながら、ノエルは挑発するように唇を舐めた。

「降参か?」
「こ、降参などせぬわっ!今に見ていろ!!」

吼えるように言ったイヴァンに、ノエルはそう、と冷たく返す。苦悩し出したイヴァンをぼけっと見ながら早く寝床の用意が出来ないかなと考えていると、丁度ファルセが顔を覗かせた。

「すみません、お待たせしました。どうぞ」
「よし寝よう」

ノエルが意気揚々と案内のため玉座の間の厚い扉を開くファルセの後に続こうとすると、手首を掴まれ勢い良く引っ張られた。ノエルが反射的に後ろを向くと、びし、と目の前に指を突きつけられる。

「……よく考えれば、時間の短さなどハンデに過ぎん。いいか!絶対に笑わせてやるからな!!覚悟しておけ、えーっと……」
「ノエルだ」

そういえば、名前を言っていなかったと久しぶりに自身の名前を口にすると、イヴァンはにや、と笑った。

「良い名だ。覚えておこう。ではノエルよ、楽しみにしておけ」
「……せいぜい頑張るこった」

言いながらも、ノエルは緩みそうになった口元を引き締めた。


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