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「バーカ、バーカ、あゆむくんのばーか」

小学生みたいな悪口しか浮かばない自分に思わず笑ってしまった。呼吸しづらい。いや、そんな爆笑したからとかじゃなく、泣いたら息しにくくなるでしょ?言わせんな恥ずかしい。

適当に逃げて、その近くにあったトイレの個室に入り込んじゃったんだけど、誰も来なければいいな。もしかすると新しい怪談が生まれるかもしれない。学校のトイレに響く小学生並の悪口。うわぁ全然怖くない、今真昼間だし!

よしとにかく落ち着け俺。深呼吸深呼吸。何も考えるな、思考を止めるなならぬ思考を止めるんだ。

おーけーおーけ、呼吸がしやすくなった。

「おい佐藤、何してるんだ」
「うぎゃあ!」

え、だれっていう疑問が湧くでもなくすごい聞き覚えのある声がするんだけどこれ、もしかしなくても声だけで氷を操る鏡先生ですよね。

「な、なんでこんなところに……」
「なんでって、ここ職員用の便所だぞ」

わぁ、なんてこったい。

そりゃあね、無我夢中で走ってたけどね!前も見てなかったけどね!それでも職員用の結構遠いところまで来ちゃってるとか俺がバカか。

……ところで、先生は一体、いつからいたのだろうか。

「……せ、せんせー、何か聞いたりしました?」

恐る恐る聞いてみると、扉越しにふっと笑う声が聞こえた。もう嫌な予感しかしない。

「幼稚な悪口を言ってるところから」
「それ殆ど最初から!」

くすくす笑う声が、トイレに響く。鏡先生がこんなに笑っているのは見た事がないかもしれない。いや、今も見えないんだけど。いつも氷のスマイルばっかり見ているから、ちょっとだけ見てみたいかもしれない。レアだレア。焼き加減じゃない方の。

だがしかし、だ。ほぼ初めからいたということは、泣いてたのばれてる、よな。出るに出られない。そんな勇気俺には無い。

ひとしきり笑うと、満足したのか声が止む。俺は黙って静かにしていたので、部屋は何も反響せずにしん、と静まり返った。さっきまで沈黙が普通だったけど、今度は逆に静かなのが恐ろしい。

「……おい、早く出て来いよ。いつまで引きこもるつもりだ」
「先生がどっか行くまで」
「分かっているだろうが、ここは職員用だ。……それに、私が出て行ったところで、昼休みなんだから直に他の教員も来るぞ」

急かすように、ドンドンとドアを叩かれる。割と乱暴だ。もっと、丁寧な人かと思ってたけど。いや別に先生のノック事情を知ったところでなんの得も無いんだけど。

鍵を掛けてるから大丈夫とそのまま無視していると、急に部屋の温度が下がった。いや、気のせいとかじゃなくてマジで。

「佐藤、出てこないとこのドア蹴破るぞ」
「いやー、乱暴しないでー」

ドアを人質というかなんというか、に取られてしまったので、俺には開けるという選択肢以外なかった。弁償なんて出来ませんし。もし俺じゃないとしてもこんなことで先生または学校に金を払わせるなんて良心が痛みます。

音を立てないくらい静かに、というかゆっくり鍵を開き、ドアをしがみ付きながら押した。ちょっとでも隠れられる場所を増やしたい気分だ。どうせ隠れられやしないんだけど。

どんな表情をすればいいか分からなく、変わっているのかは分からないがなんとなく半笑いな気分で顔だけ出した。

目が合うと、何故か驚かれる。

「お前、泣いてたのか」

先生、気付いてなかったんですか。


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bkm
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