妖精さんの贈り物
(泉雪之丞)

ピピーッ、という電子音に起こされた。外はもう真っ暗。いつの間に夜になったのだろう。

くぅ、と鳴ったお腹の音で、胃の中の不快感を思い出す。
お腹がすいたなぁ、と時計を確認したのが三時。ぼんやりと空を見上げて、ふわふわ浮かんでいる雲にはちみつをかけて食べたらおいしいやろなぁ、って考えながら、何を食べようか悩んでいたら、いつのまにか寝ていた、らしい。僕はこういうことがよくある。というかもう、毎週といっていいほどある。

先程の電子音はメールでもなければアラームでもない。自分でもなんなのかわからない僕が部屋のなかを見回すと、台所の隣のスチールラックの上で光る赤いランプが目に入った。

立ち上がってふらふらとそこへいくと、普段使っていない炊飯器が動いていた。開いてみると、ちゃんとご飯も炊けている。その隣にあるガスコンロの上には自分で出した覚えのない鍋が置かれていて、おいしそうなカレーの匂いがただよってきた。

「誰やろ……」

弟の慎次郎は料理なんてできないし、できたとしても頼まないと作ってなんてくれないと思う。お母さんからは連絡もないから、あっちから来ているということもなさそうだ。

「妖精さん、かなぁ……?」

かさじぞうも鶴の恩返しも、そう。日頃いい行いをしていたら、自分にも帰ってくるものだ。

この前、授業の前に喧嘩をしていたカップルがいて、仲直りできますようにって祈ってあげたからだろうか。それとも、この前泣いている子供に僕の大好きなお菓子をあげたからだろうか。

お腹がすいた僕に贈り物をしてくれたのは、おじぞうさんでも鶴でもなくて、きっと妖精さんだと思う。靴を作る妖精さんがいるのだから、料理を作る妖精さんもいるはずだ。

鍋の蓋を開くと、ほかほかと湯気がのぼっていく。僕が起きる時間に合わせて作ってくれているなんて、妖精さんはすごい。その上僕の嫌いなニンジンも入っていないなんて、妖精さんは優しいらしい。

しかも、明かりをつけてみるとお皿とスプーン、福神漬けにサラダまで用意されている。2セット出ているのは妖精さんの分をいれておくようにということだろうか。

僕はお皿にカレーと福神漬けを盛り付けると、向かい側に置いた妖精さんのお皿に向かって両手を合わせた。

「妖精さんありがとぉ、いただきまぁす」

一口食べると、まるでお店のカレーのようだった。久しぶりだからおいしい、というわけじゃないと思う。料理が詳しくない僕でもわかるくらい、スパイスが効いた本格的なものだった。妖精さんはインド人なのだろうか。

朝から何も食べていなかったお陰で、カレーはあっという間に僕の胃袋のなかにおさまってしまった。

ふと向かいの皿を見たけれど、カレーは全く減っていない。スプーンが大きすぎるせいだろうか。それとも僕が再び寝ないといけないのだろうか。

カレーの入ったお腹をさする。僕の胃はまだ食べられると言っている。

起きたばかりで眠くもないし、勿体ないから食べちゃおうかなぁ、と、お皿に手を伸ばしたとき、玄関が開いた。入ってきたのは両手に買い物袋を持った赤茶色の緩い癖毛の男の子、僕の従兄弟の二ノ宮静月だ。

「あれぇ、しづちゃん。いらっしゃーい」

「かなり前からいらっしゃってたよ」

「そうなん?」

「お前が食べたそれは何だ」

「カレーライスやないかなぁ?」

「そうだな。それ、誰が作ったと思ってんだよ」

「……しづちゃんが作ったの?」

当たり前だろ、ってしづちゃんは言ったけど、全然当たり前じゃない。

しづちゃんのおうちはお母さんがいないから、しづちゃんもよく料理を作っているのは知っていたけれど、僕と同い年なのにあんなにおいしいカレーライスが作れるなんて尊敬だ。同じ人間とは思えない。

あぁ、そっか。

「しづちゃんは妖精さんやったんやねぇ」

「そんなわけあるか」といったしづちゃんは、呆れた顔でため息をつきながらカレーの前に座る。

「ほんならインド人やろ」

そう僕が笑っても、しづちゃんはつっこんでくれない。僕が本気で言っていると思っているのか、それともわざとなのだろうか。

妖精さんのカレーライスを食べながらちらりと向けられた視線の冷たさに、僕は後者だと確信する。

僕は夏なのに凍え死ぬかもしれない。

end



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