空夢模様
(明本淳)


恋愛なんて諦めるとかいう問題じゃないでしょ。好きなものは、好きなんだから。認めるしかないんじゃない?
好きでい続けることが諦めないっていうことになるんなら、オレは諦めないんじゃない、諦められないんだ。好きでいたいとか、いたくないとか、作り上げた感情ではなくて。今、好きなんだから仕方がない。仕方ないという言葉で片付けるしかない。

どうしてオレがこうまでして悩む必要があるのか。その理由は、その相手が先輩の彼女だから。先輩を敬う気持ちが強いというわけではないけど、やっぱり強奪はできそうにない。それに対して悩む程度の理性なら、オレも持ち合わせていたということ。

なんて格好よくいってるけど、ホントは単純に、勇気がなかっただけ。みんなの前で強奪できる程、自分に自信も勇気もないのだ。

結論はどうであれ、これだけ悩んだのだから、その努力は認めてほしいところ。その結論が初めにかいたようなものになってしまったけど、できればそれも認めてほしいところ。
なぁんて、無理に決まってるだろうな。
まぁ、オレも無理を承知で想い続けてるわけなんだけど。諦めがつくようならとっくにつけてるし、頼んでどうにかなるようなものなら、多分そうしてる。第一こんなことで、余計な悩みを増やしたくもない。それができないから、今の状況があるわけだ。

それだけでも大変だというのに、当の本人は全く気づいちゃいない様子。平穏な日常の中、素敵な彼氏に楽しい学校生活。そんな毎日に対して不平不満もないだろうから、そんな些細な出来事になど気づくはずもないのかもしれない。オレ一人の感情なんて、いろは先輩の生活には何の影響も与えられないのかもしれない。

そんな風に巡り巡ってる思考回路の中。現在、微かなほどの理性と、素直すぎる欲求が格闘している。無防備に眠るいろは先輩を前にして……。


「いろはせーんぱぁい」

名前を呼んでみたものの、目を覚ます様子は全くといっていいほど見られない。死んでいるのではないかと疑いたくなるほど、深く眠っているようだ。
乱れることのない寝息と、その表情。乱してみたいと感じるのは、オレだけではないはずだ。そんなことを考えてるヤツが目の前にいるってのに、彼女は至極幸せそうである。

黙ってその寝顔を覗き込んでいると、ピピッと小さな電子音が、静かな部室の中に響き渡った。ふと顔をあげると、時計の針が重なり合って、六時半をさしている。
そろそろこの静けさも終わりを告げる時間。短いみじかい、幸せの時間。

きっともうすぐ、最愛の人の手によって、彼女は眠りから覚めることだろう。そしてまた、愛しいあの人に想いを寄せるのだろう。
だからせめて、眠っている今だけでも。いろは先輩の心が現を離れて、空っぽになってる今だけでも。どうか、一番近くで、想わせて下さい。何に縛られることもないはずだから。今、貴女の心は、誰のものでもないはずだから。

いろは先輩を起こさないように、そっと唇を重ねて。自分も、少しの間だけ、瞳を閉じた。

いつかオレにも、少しだけでいいから、心を開いてください。いろは先輩の心の中に、オレが入れる隙間があれば。ほんと、視線が差し込めるほどの、かすかな隙間だけでもあれば。その隙間から流れ込む、この些細な感情で、風に揺られる小さな花のように、貴女の心を揺らせる日が、訪れますように。


   END



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