しろいへや そのいち。
ころしあいそのいち。
(榎本真乃)


小さな電球の頼りない光が照らしているだけの部屋だった。真っ白な壁に囲まれた部屋の中には何もなく、それぞれの手には、拳銃。

直後に聞こえてきた機械のような抑揚のない声が告げたのは、この部屋のなかに生きている人間が一人だけになると出口の扉が開く、という残酷なルールだけだった。

そんなことがわかっても、安易に動くわけにはいかない。この部屋のなかにいる他の四人は普くんの学校の生徒。つまり、オレ以外はみんな知り合いだったからだ。

まとめてかかってこられたらオレが殺される、というのもあるけど、普くんの友達を殺すのは、やっぱり躊躇われた。

この場にヨルがいなくて本当によかった。いたらきっと、オレはすぐにでも引き金を引いている。多分ヨルに叱られるだろうけど、説教も最後だから、なんて思いながらそれを聞いていることだろう。

「一人だけ、って何? 殺すってこと?」

「だろうね、これで」

左京くんが手にしていた銃をあげてみせる。

オレと右京くんの間にしゃがみこんでる普くんは「なんでそんなことすんの?」と、呑気な声で言った。どうやらあまり信じていない様子だ。

オレも、そう。信じてなかったと思う、手の中にある銃がこんなに重くなかったら。

「理由はもうどうでもいいんじゃない? 逃げられそうにもないし」

綾くんは弾倉を開いてみながら、答える。そして、再びセットすると、おもむろに唯一鉛色をしたドアに銃口を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。

初めて生で聞く銃声。
部屋のなかにいる全員が一斉にそちらを向いたけれど、綾くんはイタズラが成功したみたいに笑っていた。

「綾っ、びびらせんなよ!」

「だって、出口はそこだけなんだし、壊せんかどうか一応試してみとかんとな。逃げられるんならそれにこしたことはないんだから」

「そうかもしれねぇけど、撃つまえに一言言えよな!」

「はいはい、悪かったって」

怒る普くんとそれを軽くあしらう綾くんは、オレが知ってるいつもの二人と何ら変わらない。

だけどそんなことで状況はいつも通りに戻るわけもない。

「ところで右京、なんのつもり?」

その声にふと見ると、右京くんが左京くんに向かって銃を構えていた。綾くんがさっき撃ったときとは全く違う、真剣な顔をして。

「お前こそ、どうして引き金に手をかけるんだ」

「だってほら、綾があんなことするから」

「その前からだっただろ?」

「やだなぁ、そんなに睨まないでもいいでしょ?」

ふふ、という笑い声は一転し、冷たいものに変わった。

「どうせ撃てないくせに」

笑顔が消えるのはほんの一瞬。
鋭い視線が何を意味するのかわかったのは、銃声が聞こえたあとだった。

「……っ、くそ!」

「は? え、ちょ……」

背中に銃を受けた右京くんが、混乱している普くんを庇うように倒れる。
続けて放たれた数発が右京くんの背中に命中し、白いワイシャツを赤く染めた。

「……おい、右京……」

「さすがお人好し」

左京くんがかけた言葉は、動かなくなった右京くんに向けられていた。

「ここまでくると尊敬するよね」

「さきょくん、ちょ……え? なに? これ、マジでしてんの?」

「すぐにわかるよ」

右京くんの身体を抱える普くんに向かって、左京くんは再び撃った。

オレはというと、自分の銃を握りしめたまま、床に広がっていく二人の血を呆然と眺めていた。普くんのすぐ傍にいたくせに、だ。

目の前で起こってる同士討ちに、頭がついていかない。オレが一番に殺されると思ってたのに。まさか同じ学校の、しかも同じ部活の友達を殺すなんて。

「すると思った」

オレの驚きに反して、綾くんはとても落ち着いた様子で言った。

振り返った左京くんは、今さっき人を殺しただなんて思えないような、優しげな笑顔を浮かべている。

「殺しやすい人間から殺すに決まってるでしょ?」

「どうせお前も死ぬのにな」

「どうして?」

「武器が銃の時点で、大体はやる気があるやつが勝つわな。そしたら普はあんなだし、俺や右京は自分から動くわけがない。真乃くんのことをどう考えとったかは知らんけど、まぁ勝てるだろ、って思っとった?」

途中、左京くんが銃を構えても、綾くんは顔色ひとつ変えず、最後まで言い切った。それどころか「俺もやる気だったらどうなるかなー」なんて、挑発的なことまで口にした。

「……やってみればわかるんじゃないの?」

「どうやって?」

「どうって?」

「それ、もう弾ねぇだろ」

綾くんが口角をあげると、左京くんの顔がこわばった。

ちらりと向けられた視線に背筋がぞっとしたけれど、左京くんはオレに何を言うわけでもなく、すぐに綾くんに目を戻した。

オレが感じているのは、二人の間の不穏な空気と、鉄の塊の冷たさだけ。

「まさか、俺のこと信じとったとか?」

「はは、まさか……」

「だよなぁ? せっかく忠告してやったのに無視して殺しちゃうくらいだもんな?」

いいながら、綾くんはじりじりと距離を詰めていく。

オレも他の二人と同じように、既に死んでいるみたいな扱いだ。

今、オレが二人を殺せば、恐らく生き残れる。そう、頭ではわかっていたけれど、動く気にはなれない。オレが殺したからって、きっと誰も責めないのに。

「二人を殺したことを怒ってるの?」

「別に。いったろ? すると思った、って」

「じゃあ、綾でも自分はかわいいんだね」

「いや、全然」

左京君の額に銃口を突きつけ、綾くんは足を止める。

「お前のためには死にたくない、ってだけだよ」

「……っおま……」

左京くんの声をかきけした銃声は、狭い部屋を震わせた。

気付くとオレは息を止めてその光景に見いっていた。

綾くんは銃をおろすと、オレの傍にやってきた。

「……ごめんね」

ありがとうなんておかしいし、大丈夫? も、なにか違う。

「普のことは気にせんでええよ。どうせあいつも死ぬっていっとったわ」

「ううん。オレが左京くんのこと、やればよかったな、って」

「なんで?」

「友達殺すなんて、気分よくないでしょ」

「あぁ、なるほど」

綾くんは軽く笑って、オレのことを警戒することもなく、その場に腰を下ろした。

「そんな他人のことまで考えんでも。どうせ俺が殺すつもりだったから」

「どうして?」

「さきょちゃんは死んだ方が幸せなんだよ。周りも、本人も」

オレのために嘘をついてくれたのだろうか。それとも、左京くんはそんなにこの世界が生きづらかったんだろうか。

けれど、それを確かめる前に、綾くんの方が口を開いた。

「じゃ、真乃くん。残りの人生頑張って」

「…………え?」

「俺が死んでも悲しむ人間っておらんし、普もおらんし。真乃くんのことは、みんな待っとるだろ?」

深く聞けなかったのは自分の命が惜しかったからじゃない。綾くんが、聞かないでほしそうだったから。

最後の銃声は、オレの身体にだけ余韻を残して跡形もなくきえさった。おぼろげなライトに照らされた白煙が、溶けるように昇っていく。

使うことのなかった銃は熱を持たないはずなのに、握りしめていたオレの体温を奪って温かくなっている。

薄暗かった部屋が真っ白な明かりに包まれると、まばらに散った赤が鈍く光った。

end


ついったーたぐ、指定された五人でころしあい。
綾/普/左京/右京/真乃

綾の説明をすると、普が真乃を残したいのがわかってたから。普をかばって自分まで死んだら左京が生き残るかもしんない。というのと、自分で普を殺せなかったのかもね。しらんけど!
このネタ、他でかくころしあいとかぶるかもしんない。



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