板チョコ (--------) 「ほら、やるよ」 と、恭治くんが差し出した袋には、チョコらしき包みが入っていた。 今日はバレンタインデー。確かに最近、女の子から好きな男の子へ、という以外にも色んな関係の人に渡すようになってきている。しかし、恭治くんは間違いなくそういうタイプじゃない。 さらにそれを後押しするかのように、袋の中には複数の包みが入っていた。明らかに他の子からもらったチョコだ。 「そんなのもらえないよ」 それに、恭治くんのことが好きな私としては、気分もよくない。 だけど恭治くんは私の気持ちなんて全く分かっていない。でも私から伝える勇気もなくて、結局ずっとマネージャーと部員の関係を続けている。これが私に近付ける距離の限界。 「お前、チョコ好きだろ?」 「好きだけど……みんな、恭治くんのために選んだはずだよ」 きっとみんな、少しでも恭治くんの目に留まるように、って、たくさん悩んだはず。私がそうしたように。 「俺が貰った物をどうしようと勝手だろ」 「だけど、私が貰うのは間違ってると思うの」 「んなクソ真面目に考えることか? 大体間違ってるってことは、食うのが正解ってか? んじゃ、俺は一生正解できねぇな」 恭治くんは苛々した様子で淡々と話す。 「俺の物になった物を渡すんだから、お前は俺から貰った、違うか?」 なんて屁理屈。私がどんなに真剣に話しても、納得してもらえる気がしない。 私のこの必死な気持ちも理解して貰えないのかもしれない。そう思うと、言い知れない悲しみが押し寄せてきた。 「あぁもう、泣くなよ、馬鹿」 面倒くさそうなため息。 「俺が気分悪くなるの知ってるだろ」 気分悪くなんて言ってるけど、困ってるだけ。部活以外で殴られたこと、ないから。 「私も気分悪くなったから、恭治くんもなっちゃえばいいのよ」 袖口で涙を拭きながらぶっきらぼうに言うと、恭治くんは袋からチョコをひとつ取り出した。 「ほら、食えよ」 「いらない!」 「馬鹿、俺が買ったやつだ」 よく見ると、確かに普通に売ってある、ただの板チョコだった。 「お前、チョコ食ってるときが一番幸せそうだろ」 「そう、かな」 「あぁ、俺といる時より、ついでにヤッてる時より幸せそうだ」 恭治くんのその言葉に、私はとても驚いた。私のこと、見ててくれたんだ。ヤッてる時、っていうのは恥ずかしいけど。 「恭治くんは、本当にいらないの?」 「お前が食べてんの見てるだけで腹一杯だぜ」 「それって……」 「それくらいチョコが嫌いって意味だ、馬鹿」 思わずふふ、と笑ってしまう。本当はそんなに嫌いじゃないのに。真乃くんのお菓子を貰って食べてるの、知ってるよ。 「じゃあ私が食べてあげるから、恭治くんは隣にいて」 「何でだよ」 「せっかくくれたんだから、せめて自分で開かなきゃ。あ、もちろん欲しいのがあったら食べてね」 「俺はこれでいい」 そう言うと、恭治くんは私の鞄からチョコの入った袋を取り出した。 「あ……」 「ばーか、完全に忘れてただろ」 「……貰ってくれるの?」 尋ねると、恭治くんは少し慌ててこう言った。 「一番多く貰ったやつに全員一回ずつ奢るって話になってんだよ。そっちの袋の中はカウント済み」 ホントかどうかわからないけど、それでも私は嬉しかったから、突っ込むのはやめにした。 おわり。 っていう甘い話ね。こんな甘いの久々に書いた気がする。 →/menu [← | 少女 | →] |