ロールクッキー
(多所普)


バレンタインといえば俺の行事、ってのはうちの部で言われてることだが、俺以外も大体貰っている。当然周りに「チョコ楽しみにしてるぜ!」って触れ回ってる俺が一番多いんだけど、他のメンバーも少なくない。

そんな中、自分で作ったというチョコクッキーを配ってた後輩のいろはが、俺と秋良がいる部室にもやってきた。

「俺にもあるよな」

いろはが来た瞬間尋ねる俺に「もちろんですよ」とクッキーの入った小さな籠を差し出すいろは。

「やったね」

「お前なぁ、まずありがとう、だろ」

隣から秋良に注意されるが、既にクッキーは口の中。ごくん、と飲み込んでから「ん、ありがと。うめぇ」と言うと、いろははよかった、と微笑んだ。

「二ノ宮先輩も、よかったら食べて下さい」

「あぁ。これいろはが自分で作ったのか? すげぇな」

アイシングで飾り付けしてあるクッキーは、確かに売り物だと言われてもおかしくない出来だった。

その中のひとつを頬張り「うまいよ」と、爽やかに笑う秋良。いろはは「ほんとですか?」と嬉しそうに言う。

「うん、うちで料理作って欲しいくらいだ」

こういう言葉を素で吐くんだけど、本人はそれが女の子を惹きつける要素だなんて思っていない。

「あの、よかったら全部食べて下さい」

「え、いいのか?」

はい、と恥ずかしそうに差し出すその表情。周りから見てると間違いなく秋良が本命なのに、本人は恐らく指摘しても否定するだろう。そりゃこんなんで彼女ができるわけねぇよ。

「さんきゅー。普も喜ぶよ」

とまぁ俺の心配が大当たり。いろはの複雑そうな顔に、俺の方が困った。

「俺、もういらねぇぞ」

「え、どうしたんだよ、腹痛いのか?」

「ちげぇよ、クソ。んな他人用の貰う程飢えてねぇってことだよ」

いろはは明らかにお前にあげたそうだろうが。俺が貰ったら俺が悪者だしいろは泣きそうじゃん。と、言いたいのをぐっと堪えてちゃんと返した俺ってえらい。

っつーか何で俺が秋良のために気ぃつかわなきゃなんねぇんだよ、クソ。

「他人用って何だよ。みんなのためにせっかく作ってきてくれたんだぞ」

お前にそっくりそのまま返してやりてぇよ。いろはがいなけりゃ返してるとこだ、お前のために、せっっっっかく、作ってきてくれたんだぞ! ってな。

「多所先輩、よかったら二人で食べて下さい」

困った笑顔で、いろははクッキーの入った籠を差し出す。

「いいのかよ」

「はい、別に誰のでもないんですから」

健気ないろはがいたたまれなくなってくるが、この状況なら仕方がない。これ以上断ってもいいことなさそうだし。

「わかったよ、じゃあありがたく食うわ。ついでにうまかったから来週も作ってこいよ、あんまり貰えてねぇ秋良のために」

「何でお前、上から目線なんだよ」

「別にいいじゃん、褒めてんだし。ほら、お前も食えよ」

つまんでたクッキーを押し付けると「言われなくても食うよ」と、秋良は新しいクッキーに手を伸ばした。それからいろはに向かって、ごめんな、と謝った。

「気を悪くするなよ。普はこんなこと言ってるけど、俺のためっていうんなら無理しなくていいし、またいろはの作りたい時でいいからな」

「はい、ありがとうございます。また作ってくるので、二ノ宮先輩も食べて下さいね」

「あぁ、ありがとう。楽しみにしとくな」

お前今、二ノ宮先輩って言われただろ。目の前で女の子がこんなに幸せそうにしてるっつーのに、まだ気付かねえのかよ。

はぁぁ、と長いため息をつくと、秋良は「何だよお前は」と、いつもの冷たい突っ込みをしてきやがる。

「別に。ほら、お前の」

「だから、渡さなくても食うっつーの」

俺達のやりとりを笑いながら、いろはは「それじゃあ、私は帰りますね」と、挨拶をして出ていった。

「お前、やけに素直じゃなかったな」

「うっせぇな。別に欲しくなかっただけだっつーの」

そう返して顔を反らし、自分の貰ったチョコを開けていると。

「まさかお前、いろはのことが好きなのか? 素直になれないからってあんまり子供らしいことするなよ」

と、心底呆れた様子で秋良が言った。

俺もお前に呆れてるけどな。

こいつに彼女ができるのはもう少し先だろうな、と思った。

おわり。



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