さよなら
(秋吉左京)


出会いがあれば別れもある、というのは当たり前のことだろうけど、俺達にだけはそんなものこないのだと信じていた。

綺麗に終わらせた恋人関係に「また」がないことを受け入れられない俺がいて、この先にあるであろう彼女のしあわせを想像し、妬んでいる。ほんの半月前までは彼女の笑顔を作る方法を熱心に考えていたのに、今はどうやって壊してやろう、ってそればかりだ。


「彼氏、できたんでしょ?」

「……うん、まぁね」

「よかったね、おめでとう」


全く感情が籠もっていないことは誰が聞いても明らかだった。ガランとした教室の中では、誰も聞いてなどいないけれど。


「もういろはは俺のものじゃないんだね」

「どうしたの、今更」

「そうだね、今更だよね。でも、もっとずっと一緒にいたかったから」

「左京君、そんな風に思っててくれたんだ」


ありがとう、といろはが少しだけ寂しそうに笑う。けれどもう、その笑顔にうっとりすることもない。

この胸を覆い尽くす暗雲に射し込む光の筋は鋭いナイフのようだ。愛情は形を変えて、嫉妬を通り越し、狂気となった。

手を伸ばすと、いろはは躊躇いなく俺に歩み寄った。

久しぶりに唇に触れたけれど、その温かさも、そして目を閉じたいろはの顔も、半月前とそっくりそのままだ。

今はもう赤の他人だというのに、胸に触れる俺の手をいろはは止めもしなかった。


「いいの?」


返事の代わりにいろはは跪き、自分から俺のベルトを外す。


「……彼氏とはしてないの?」

「だってまだ一週間だよ」

「そっか。俺なら我慢できないな」

「うそつき。左京君だってずっとしてくれなかったじゃない」


そうだっけ、と返し、下着の上から俺のものを撫でているいろはを見つめる。

たった半月で他の男に心変わりし、一方で今、別れた彼氏と平気で体を重ねようとしている。

こんな女に欲情していたなんて、俺はどうかしていたのかもしれない。


「やっぱり、やめよう」


熱が静かに引いていく。ほつれた洋服の糸のように、止まることなく。


「どうして?」

「……悪いでしょ、彼氏に」

「左京君が気にすることはないよ」


いろはは立ち上がり、俺の胸のボタンに手を伸ばす。罪悪感など微塵も感じていない様子だ。


「いろはは彼氏にばらされるとか考えないの?」

「左京君が? まさか」

「君が彼氏と別れようが俺には関係ない、って思ってる?」


第二ボタンをはずしかけていたいろはの手がピタリと止まる。目が合ったいろはは、違うの? とでもいいたそうだ。


「それならいろはは誤解してるね。だって俺は別れて欲しいと思ってるんだから。しかも、ものすごく酷い別れ方で」

「突然どうしたの?」

「うん、俺も驚いてるよ。あんなに大好きだった気持ちが、ここまで大きくなるなんて……」

「あのね左京君、そんなに好きでいてくれてるのは嬉しいけど……」

「嬉しい? そっか、いろはは俺が君に執着するのがまだ愛情だと思っているんだ」

「それ、どういう……」


俺はいろはの後ろ、つまり窓の外、向かい側に見える校舎を指差した。その先に開いている窓の中には、付き合ったばかりであるいろはの彼氏の姿がある。

もちろん俺が呼び出した。名前もない紙切れに書いただけだったから来るかどうかはわからなかったけれど、嬉しいことに彼は気にしてくれたようだ。


「……………――く、ん……」


狼狽しているいろはの姿は、俺の影に包まれて淀んでいる。


「左京君が呼んだの?! 酷いっ!」


いろはの涙が雨のように流れ、幻聴がざあざあと煩く響く。


「よかった」


その微笑みに、いろはが目を大きく見開く。


「泣いているいろはのことは、まだ好きみたいだ」


消え去った暗雲の中に残っていたのは、悲しみの水溜まりだけだった。


end

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