刹那に蘇った彼女の影を、俺は
(二ノ宮秋良)



俺が彼女を駄目にしているという自覚はあった。彼女は元々自分の意志を強く持ったしっかりした子であったが、それを静かに壊していったのは、俺だ。優しい虐待、そんなものかもしれない。

甘えるのは俺だけにして欲しかった。ずっと尽くしていたかった。居心地のいい場所でいたかった。

それはいろはと付き合ってから今まで達成できていたことだけれど、そうして俺は彼女から色々なものを奪ってしまった。

例えば友達であるとか、親であるとか。いろははそんな人達を蔑ろにするようになり、それに反比例して俺との仲をどんどん詰めていった。俺との関係とその他の関係は全く違うということをいろはは理解してはくれなかった。俺がどんなに努力をしても、友達にも親にもなることはできないのに。

いろはは俺がいればそれでいいとは言うけれど、俺はそんないろはを見たくはなかった。最近は一人にしてしまった罪悪感を会うたびにいつも感じていた。

いろはが一人っ子で鍵っ子だったことも、依存が加速していった一因だろう。昔から寂しかった、と言うのはいろはの口癖だ。大概「だから秋良君といられて嬉しい」と続くのだが。


「大学に入ったら同棲しようよ」

まだ一年半も先の話だというのに、いろははうきうきした様子で話す。俺の目指す大学は大体決まっていて、ここ1ヶ月、いろははインターネットでその周辺の物件を探しはじめる始末だった。

いろはと付き合いはじめてもう3年がたっていた。中学時代に付き合いはじめたのだが、俺が緋雪に推薦で受かったため、普通受験だったいろはは迷わず緋雪を受験した。この時点でせめて学校が分かれていれば、もしかすると未来は変わっていたのかもしれない。

居心地がいいのは俺も同じで、だから今まで別れることがなかったのだし、俺の性格では少しくらいの不満であれば自分から切り出せはしなかっただろう。

「もう別れようぜ」

いろはを傷けないように、と悩んではみたが、口下手な俺にはうまい文句も浮かばない。

「どうしたの、突然」

俺がそんな冗談を言うわけがないと知っているいろはは、途端に顔を強ばらせた。

俺は目を俯いて反らし、顔を上げることができなかった。

「秋良、私と別れたいわけ?」

「うん……まぁ……」

「何なのよ、その返事。はっきり言いなさいよ!」

「だから、別れたいんだよ、いろはと」

いろはの勢いに気圧されながらも、俺は引かなかった。

「どうして……」

「だめになっていくからだよ、お互いに」

曖昧にしか言えなかったのは、もちろん俺がまだいろはを好きだったということもあるけれど、それ以上にいろはの泣いている姿を見たくなかったからだ。そして、いろはは何も悪くはないのだから、いろはがこれ以上俺のために変わるなんてことはしないで欲しかったからだ。

嫌いな部分があるわけではない。しいて言えば、好きだった部分が薄れていった、とでも表現しようか。

いろはがどんどんいろはではなくなっていく。そうしていつか、俺の全く知らない人間になってしまうような気がしていた。

「とにかく、このままいても幸せにはなれないから、別れたいんだ」

「秋良は、私といても幸せじゃない、ってこと?」

震える声で「そうだよ」と肯定し、大きく頷く。

どうして……と、呟いたいろはは、静かに泣いていた。

「嫌だよ……」

「……ごめん」

「ごめんじゃなくて! ねぇ、どうして?! 私、もっと頑張るから! 悪いところは直すから!」

「それが……嫌、なんだよ……」

「どうして……」

その問いにはそれ以上うまく答えられそうになくて、沈黙で通した。

一時間程似たような対話を繰り返したあと、いろははようやく俺の意志が固いことを理解したらしく、帰っていった。

「送ろうか?」と尋ねたけれど断られたので、暗い夜道にいろはの姿が消えてしまうまで見送った。

部屋に戻ってため息を一つつくと、これでよかったのだろうか、と疑問が浮かんだけれど、この三年間の緩やかな変化を思い返すと、仕方のないことだと納得するしかなかった。


俺の大学が決まった頃、噂ではいろはも他の大学が決まったということだった。場所は正反対で、どうやら法学部に進むらしい。

元々成績もよくて、興味があるという話も付き合っていた頃に話していたから、本来行きたかった場所ではないかと思う。

安心した。また俺に合わせて大学を選んでいたら、興味がない上に自分のレベルに合っていない場所に行くことになったのだから。


それからまた数ヶ月。卒業式も終わり、いよいよ大学生活へのカウントダウンが始まった。

引っ越し当日、手伝いにきてくれていた親父と兄貴が帰ると、段ボールに囲まれた部屋は途端にガランとした。今まで慎と二人で暮らしていたせいもあって、ワンルームでもやけに広く感じる。

まだ夜は多少寒さも残っていて、冷たい部屋の中でふといろはのことを思い出した。これが最後になるといいな、と思いながら携帯に一枚だけ残していたいろはの写真を消した。

あのときの別れは正解だったのか、今でもわからない。けれど次に会ったとき、いろはが昔のように、俺の好きだったいろはの姿でいてくれることを願う。

END


ツイッターお題botより。
なんだこのドシリアス。秋良は彼女を甘やかしてダメにするタイプだろうなという話。

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