セカイと心中
(多所普)


水だとか、空気だとか、人間に必要な何かということではなくて。自分が何であっても、生きていくために必要なもの。
つまり彼女は、俺のセカイそのものだった。

セカイが消えればそこにいる生物が消えることは当たり前。なのに俺の姿はまだはっきりしている。

お前が死ぬくらいなら、俺の心臓を貰ってくれればよかったのに。そうすれば俺はこんなにも苦しまないはずだし、お前と一緒にいられるし、お前の中でずっと生きていられるはずだったのに。

生きている人間の心臓を移植することは無理、だそうだ。理由は死んでしまうから、だそうだ。俺は死んでもいいんで、って話なんだけど、それでもだめなんだそうだ、倫理的に。

倫理なんてクソ食らえだ。

自分の命は自分だけのもので、俺が俺の体を、そして命をどうこうしたって何ら問題ないはずなのに。止まれと念じてみたって心臓は止まらないし、誰も止めてはくれなかった。

「自殺したら天国逝けないんすよ」

ふらりと宙に浮きかけた俺の足を止めたのは、あろうことか淳だった。

「アマネ先輩すぐ死にたがるから、教えてあげます」

外は夕焼け。校舎の裏側にあたるこの教室は驚く程静かで、聞きたくもない説教じみた淳の話が嫌でも耳に入ってくる。

「……死んでねぇだろ」

「でも、死ぬんでしょ」

「死ぬんじゃねぇよ。会いたいだけ」

「けど、何したっていろは先輩にはもう会えないでしょ」

「わかってるっつーの」

そこまで馬鹿じゃねぇよ、と続けると、淳は「馬鹿です」と、はっきり言い返した。

「馬鹿だから心配してんすよ」

「お前は何、蹴られたいの? ドエムなの?」

「いや、それ先輩っしょ」

俺が歩み寄ったのと同じだけ下がりながら、淳は言った。

「自殺とか、ドエム極めすぎてびっくりっすわ」

嘲笑を含んだその言葉に舌打ちすると、また気分の悪い悲しみが襲ってくる。

元々彼女のことしか入ってないような頭だったが、彼女が死んでから増えてきた憂鬱が彼女の思い出を少しずつ侵食していくようで嫌になる。

もう心臓は諦める。だから頭ん中のこの憂鬱を消してくれ。

「あのさ、先輩。オレが言っても嘘みたいに聞こえるかもしれませんけどね」

淳はそんな前置きをして、ふと窓の外に目を向ける。

「いろは先輩もいなくなっちゃったのに、アマネ先輩まで死んだらオレ……オレも、死にたくなるかも」

淳の視線は窓の外から離れることはなく、その顔を睨み付けている俺に奴の表情は読み取れない。

それは本当に俺自身に聞かせたいがための言葉だったのだろうか。

ここ最近、いろはのことしか考えていなかった思考回路に、久しぶりの訪問者がやってくる。

そう、つまり淳は。

「……お前、もしかしてさ」

「すんません」

「じゃなくて、お前」

「でもオレ、痛いのとか絶対やだし、死ぬのも怖いんで、心配しないでください」

「お前の心配なんてするか」

ですよねぇー、と笑う淳に、心の中で呟く。

全く、馬鹿はお前だ。

end




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