世界の片隅で愛が滅ぶ
(明本淳)



泣きたかったけれど、泣かなかった。
自尊心なんて立派なもんじゃない、ただの防衛本能だ。

特に問題はなかったと思う。なんてのは結局、俺の都合がよかったってだけなんだろう。

いろはが話があるといって俺の部屋にやってきてから、10分程。

重い空気をひしひしと感じながら彼女の言葉をじっと待ったけれど、何を言われるのかくらい予想はついていた。


「ごめん、別れたい」


ほら、予想通り。
それに対する俺の返事は、あぁ、そう。なんていう、とても別れ話とは思えない言葉だった。


「俺も調度考えてたんだよね」


半分は嘘、半分は本当。
調度、ではなく、常に、考えていた。自分が、傷つかないように。


「俺はどっちでもいいけど」


引き止めたい気持ちを押さえて、その心情を読まれないように口を開く。


「いろはが別れたいのなら、まぁ続けられねぇよな」


チラリといろはが顔を上げて、バッチリ目が合う。けれどいろははすぐに視線を逸らし、俯いて服の裾を握っていた。

幸い俺の心の涙はばれていなかったようだ。

よかった、なんて安心したのもつかの間、今度はいろはが泣き出した。もちろん心じゃなくて、瞳から涙を零して。

すぐには理解できなかった。

止めて欲しかったのだろうか。こうもあっさり言われたことが悲しかった、ってこと? それとも、寂しいって気持ちが少しはあるわけ?

俺は色々と悩んでみた。もちろん尋ねることはしなかったけれど。

理由なんて聞きたくなかった。傷つくことがわかってたから。それから、未練が残るから。
あぁしたらよかったんじゃないか。今からでも戻れるんじゃないか。
そんな考えにしがみつきたくなかったし、そこまでいろは一人に必死になるのも嫌だった。

結局答えなんて出るはずもなくて。だけどこの状況から逃げたくて。


「泣くんなら帰れよ」


そう、なるべく冷たい声で言ったつもりだったけど、声は震えていた気がする。

いろはは帰ろうとはせず、俺も自分の部屋だから逃げるわけにもいかず、すすり泣く声を聞かないように、必死に外の雑音と時計の音に、耳を傾けていた。

泣いたら崩れてしまうと思った。俺自身と、その中で必死に感情を塞き止めている、何かが。


「……楽しかったよ」


いろはが涙で滲んだような声で呟いたのが、胸の奥に響いた。

やっぱり、理解できなかった。
その言葉の意味も、伝えられた理由も、この現実さえも。


「帰れよ」


背を向けて立ち上がり、意味もなく窓を開ける。眩しい日差しと、少し冷たい風。


「何で、別れたの?」

「お前から別れたのに俺に理由聞くの?」

「わたしは……」

「いいよ、今更理解しあうことに意味なんてねぇだろ」


これ以上深く考えないように、俺は言った。

いろはは涙をハンカチで拭って、もう一度「ごめんね」と謝ると、部屋を出て行った。


消えてしまったソレは、もう二人の間には、二度と生まれないだろう。いつか俺がいろはの言葉達に含まれていたものを、理解できたとしても。


(世界の片隅で愛が滅ぶ)


(拝借:はれのちらいう

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