後輩と新しい教師(2)



「……大丈夫?」



 少年に近づいて声をかけると、彼は飛び上がって振り向いた。薄茶色の髪が揺れる。



「あ……えっと、あの」


「怪我とかない?」


「は……はい」



 落ちそうになった恐怖からか、先輩に話しかけられた緊張感からか、少年はぎこちなく頷いた。怖がらせたかと心配になるリンを、少年が、おずおずと見上げてきた。



「あ、あの……いまのって、あなたがやったんですか?」


「ここの階段は、もとから一段消えるけど」


「えっと、そうじゃなくて……その、僕が落ちないで浮いたことです」


「……ああ、うん。それは私がやったけど」



 何か問題でもあったかな、とリンは首を傾げる。少年は、ポカンと口を開けて、まじまじとリンを見つめてきた。……いったい何だろうか。

 なんかこの少年、掴みづらい。そう思っていると、ハンナたちが階段を駆け上ってきた。先頭のハンナが、リンに飛びつく。



「リンっ!」


「……ハ、ハンナ? どうした?」



 とりあえずハンナを受け止めたものの、そのままヒシッと抱きつかれたリンは、困惑した表情を浮かべる。いったいどうした。

 疑問を感じるリンに、今度はベティが、突進してきた勢いのまま、詰め寄ってきた。



「いきなり駆け出さないでよ! ビックリしたじゃない!」


「ごめん。でも、君たちに声をかけてたら間に合わないと思って」



 苦笑交じりに謝るリンに、スーザンが溜め息をついた。



「もう、何事かと思ったわ……ハンナなんか、あなたがベティとジャスティンのケンカに愛想を尽かしたのかもって思っちゃって」


「………なるほど」



 だから、ハンナがリンにしがみつき、ジャスティンがアーニーの影に隠れながら恐々とリンを窺ってくるのか。納得すると同時に呆れる。

 二人のケンカなんて、もう何を言っても仕方がないと割り切っている。それをどうしてそんな風に勘違いするのか……リンには、ハンナの思考回路がどうなっているのか分からない。


 溜め息をついて、ハンナの頭を撫でつつ、リンは、少年へと視線を戻した。彼は、リンと目が合うと肩を跳ねさせる。……その割に目が輝いているように見えるのは何故だろうか。

 深く考えないことにして、リンは彼に笑いかけた。



「もうすぐベルが鳴るから、急いだ方がいいよ」


「え……っあ、はいっ!」


「そこの一段は消えるから気をつけて……他の子もね」



 集団全体を見渡してリンが言うと、みんな勢いよく頷いて、一段を慎重に越えたあと、廊下を走っていった。

 それを見届けたあと、リンは、ベティたちを振り返った。



「……私たちも行こうか」



 次の授業は何だったか……歩き出しながら記憶を手繰って、思い当たったとき、リンは顔を歪めた。



→ (3)


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