報復なんて、なんの意味もない .1



「リン・ヨシノなんか爆発すればいいのに」


「そういうことは言うべきじゃないわ」


 ギリギリと歯ぎしりをしながら言うミリセントに、ダフネが非難めいた目を向けてきた。彼女が口の利き方も含めて礼儀作法にうるさいことは、周知の事実である。


「それより、ミリセント、その角〔つの〕を早くどうにかした方がいいわよ」


 呪文集を見ていたパンジーが、ミリセントに目を向けて言う。その言葉通り、ミリセントの頭には一対の角が生えていた。その角を取り除くべく、彼女たちは寝室で悪戦苦闘しているのである。


「それ、何の角? やけにバカバカしいけど」


「……水牛」


「ファッションセンスを疑うわね」


「好きで生やしてるんじゃないわよ! ヨシノが呪いを跳ね返してくるから……!」


「そんな呪いを彼女にかけようとするからよ」


「返り討ちに遭うって、いままでやってきて分かってんでしょ。自業自得」


 溜め息をつかれ、鼻で笑われ、ミリセントは口を噤んだ。どうしてか友人たちの態度が冷たくて、泣ける気がする。嘘だ。絶対に泣かない。むしろ苛立ってくる。


 ……それもこれも、すべてリン・ヨシノのせいだ。



 二年生のとき、ミリセントは、リン・ヨシノに乱暴をされた。まず側頭部に肘鉄を食らい、鳩尾にも肘鉄を食らった。それから投げ飛ばされ、ついでに蹴り飛ばされもした。最後に、床に落とされた。


 幸い怪我はなかったが、ひどい仕打ちだ。報復するに値する。しかし友人たちは、この考えに賛同してくれなかった。


 ダフネは「元はと言えば、あなたから仕掛けたことじゃない」とミリセントをたしなめてきた。ドラコは「どっちもどっちだ」と言い、パンジーは彼に全面的に賛成を示した。ブレーズは、その現場を見ていなかったこともあり、ミリセントの被害妄想ではないかと抜かしてきたので、本を投げつけておいた(避けられたが)。


 そんなわけで、ミリセントは、一人でリン・ヨシノに対する報復を行うことにしたのだった。


 まず、廊下ですれ違う際などに、足を引っかかけるか踏んでやるかしようと目論んだ。普通に避けられた。さすがにこんな幼稚なものには引っかからないらしい。


 続いて、呪文でものを投げつけてみた。すべてそっくりそのまま跳ね返ってきた。魔法薬学でくすねたヒキガエルの肝が自分にぶつかったときは、おぞましかった。おまけに、あとでスネイプに注意を食らった。


 次に、呪いをかけてみた。闇討ちだ。やっぱり我が身に返ってきた。「できものの呪い」が自分にかかったときは、さすがに心が折れるかと思った。思春期の女子にはつらい。「くすぐりの呪い」がかけられたときも、笑い死にするかと思った。


 そして今日も、ミリセントは呪いを返された。結果は見ての通りである。


「……物陰から狙ってるのに、なんでしっかりあたしに返せるわけ?!」


「アンタの身体がでかいからじゃないの?」


「それ以前に、闇討ちは卑怯だと思うわ」


 パンジーとダフネが、そろって溜め息をついた。ミリセントは口を「へ」の字に曲げる。むむむと唸るミリセントの角は、まだ消えない。やっぱり医務室にでも行くべきか。しかし、この姿で外を歩きたくない。ああ、どうしようもない。なんでこんな目に遭わなければならないんだ。


「……ぜったい許さない」


「もう、ミリセントったら……」


「諦めたら? 意味なんてないわよ、あいつに報復するなんて」


 バタンと呪文集を閉じて、パンジーが言った。やけに大人びた仕草を気取って、首筋にかかる髪を背中へと流す。


→ (2)


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