まっくら、のち、ひかり .1



 今年度は、どことなく不穏な年になるだろうな。そんな予感を胸に抱きながら、セオドール・ノットは窓の外へ目を向けた。天気は、はっきり言って、よくない。雨が激しく窓を打ち、風が唸りを上げているのが、閉め切ったコンパートメントの中でも感じ取れた。


 外がそんな状況なので、ホグワーツ特急の中にいる生徒たちは意味もなくテンションを上げていた。通路で追いかけっこをする者までいる。最初は無視していたセオドールも、五、六回も往復されると我慢ができず、ついにドアを開けた。


「静かにするか、もっと向こうに行くかしろ」


 眉間に皺を寄せて冷たく見下ろされ、後輩らしき生徒たちは悲鳴を上げて去っていった。フンと鼻を鳴らして席に戻るセオドールを見て、友人たちが苦笑する。


 気晴らしに読書でもするかと、トランクへ手を伸ばす。そこで、コンパートメントのドアが開いた。視線を向けると、ドラコ・マルフォイが立っていた。


「ノット、いま少しいいか?」


「……無駄に長い愚痴や自慢話ならごめんだ」


「まじめな話だ。すぐ終わる」


 それならと、セオドールは立ち上がった。ドラコについてコンパートメントを出ていく彼の後ろ姿を見送って、友人たちが「あのマルフォイにあんな口が聞けるなんて、ノットはすごいな」などと呟き合うことなど、セオドールは知らない。



「ブラックについて、何か知ってるか?」


 無造作に質問してきたドラコに、セオドールは眉を上げた。まさかシリウス・ブラックが話題になるとは思わなかった。なぜ彼を気にするのだろう? 凶悪な殺人鬼との噂なので、怖がっているのだろうか?


 問いたげなセオドールの視線に気づいて、ドラコが「べ、べつに、僕が怖がってるわけじゃないぞ」と声を大きくした。その言い方がすでに怪しいが、指摘しないことにして、ひとまず彼の話を聞く。


「あいつが大量殺人鬼で『あの人』の部下だってことは聞いてる。ほら、僕の家は情報源をたくさん持っているからね」


「不必要な自慢話を入れないでくれるか?」


「分かってるさ ――― だけど、ちょっと妙だと思ってね。ブラックが『あの人』の配下の人間なら、母上があれほど神経を尖らせる必要はないはずだ……母上はたいそう不安げで、暗い場所を一人で出歩くな、なるべく大勢の人のなかにいろと、僕に何度もおっしゃった」


 それは、彼女が過保護な性質であり、かつドラコのメンタルが弱いからだろう……。セオドールはそう思ったが、ドラコの機嫌を損ねると面倒なので、殊勝に黙っておいた。その間も、ドラコはつらつらと語る。


「父上も、あまりうれしそうな様子には見えない。そこが少し気になるんだ。同朋が戻ってくるなら、もっと喜んで然るべきだろう? それに、正直に言うと、いままで父上と母上がブラックの名前を口にするのを、僕は聞いたことが……、なんだ?」


 ドラコが話を打ち切った。列車が速度を落とし始めたのだ。セオドールは時計を見た。おかしい、まだホグワーツに到着するような時間ではないはずだ。ドラコが困惑した声で「何事だ?」と聞いてきたが、セオドールは「分からない」としか答えられない。


 近くのコンパートメントのドアが次々と開き、たくさんの不思議そうな顔が出てくる。やがて列車がガクンと止まった。振動で、みんなよろめき、ドアもすべてバタンバタンと閉まった。さらに、なんの前触れもなく、明かりが一斉に消えた。


「お、おい、なんだ?」


 暗闇のなか、隣のドラコが叫んだ。表情は見えないが、声にははっきりと恐怖が表れている。落ち着くよう言おうとしたところで、セオドールは息を詰めた。


 ひどく冷えた空気が、ピリピリと肌を刺してくる。むしろ皮膚の下まで深く潜り込んでくるような感覚だった。どこからかかなり近くで、ガラガラという音が聞こえてくる……。クラクラする頭を押さえ、セオドールは身体をまさぐり、目当てのものを引っ張り出した。


→ (2)


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