忍びの地図 (1)



「……とりあえず、お疲れ様です」



 落ち込むを通り越して沈み込んでいるメンバーに、リンは、それくらいしか声をかけられなかった。どうしたものかと悩むリンの肩の上で、スイは、しゅんとしているザカリアス・スミスに向けて、フッと嘲笑を漏らした。


 時は十一月の終わり。クィディッチのハッフルパフ対レイブンクロー戦の直後であった。その試合の結果が惨憺たるものであったために、ハッフルパフのクィディッチ・メンバーは、こうして一様に沈んでいるのだ。



「……三〇〇点差って……そりゃねぇだろ………」



 床に突っ伏しているローレンスが呻く。ほかのメンバーは揃って無言を返した。


 何が悪かったかは、ハッキリとは言えなかった。

 レイブンクローのチェイサーの一人であるジンが、リンがいないからと全力でかかってきたことか。

 ロバートが、直前の練習で喧嘩をしたヴィクターと上手くコンビネーションが組めなかったことか(ヴィクターの方は、一応、連携体制を取っていた)。

 その喧嘩の被害を被ったデイヴィッドが、ストレスのあまり(そしてそのストレスを緩和する人が誰もいなかったため)ろくに眠れず、集中力が弱まったことか。

 ザカリアスが、スニッチにばかり気を取られて、敵どころか味方や、果てはフーチやブラッジャーにまで突っ込んでいったことか。


 試合が長引いたことが最悪の要素だったろうと、リンは思った。時間が経過していくにつれて、ますます集中力が切れていき、ミスを連発し、短気になっていったからだ。

 いっそ相手でもいいから早くスニッチを捕まえてくれていれば、ここまで大差をつけられることはなかっただろう。きっと、それが向こうの狙いだったのだろうが。


 結局、最終スコアは三二〇対四〇だった。二八〇点差。四捨五入すれば三〇〇点差の大敗だ。笑えないが、もう笑うしかない。



「……せっかく前回一〇〇点差で勝ったのに………」



 ローレンスは、キノコでも栽培できそうな雰囲気を醸し出していた。ロバート、ヴィクター、デイヴィッド、ザカリアスは、低く呻いて小さく謝罪する。悪いことをしたという自覚はあるらしい。


 エドガーとセドリックも謝罪していた。チームの体制を立て直せなかったキャプテンとしての責任と、敵の攻撃を止められなかったキーパーとしての責任を、それぞれ感じているらしい。


 一人一人が謝ったのを皮切りに、なぜか全員で「自分こそが悪い」と責任を受け持ち合い出す。スイは「こいつらアホだろ」と呆れた。


 黙って聞いていたリンは、しばらくして「……ゴチャゴチャとうるさいんですけど」と呟いた。冷ややかな声音を聞いた全員が、一斉に口を閉じる。



「………みんなウジウジしすぎでしょう」



 溜め息をついて、リンは床に座って、メンバーたちと視線の高さを合わせた。服が汚れる……というデイヴィッドの囁くような指摘は、きれいに無視だ。



「『ごめんなさい』を言い合ってて何になるんですか? 終わったことをいつまでも気にしてて、意味があると思いますか? それより、前を向いて歩き出した方が、よっぽど有益。そう思いませんか? ここが悪かったって思ってるだけで終わらないで、だから次はこうしようって、前に方向を持っていく方がいいでしょう? 次があるんですから、差なんて、そのときに埋めればいいんです」



 大演説だ。床に降りて座り込んでいたスイは、数回拍手をした。リンはちょっと恥ずかしそうに笑って、スイを撫で、立ち上がる。スイが、絶妙のタイミングで彼女の肩に飛び乗った。それを確認し、リンは男子七人を見下ろす。



「ではそういうことで。まだ落ち込んでいたいのでしたらご自由に。私は失礼しますね。魔法薬学のレポートを仕上げたいので」



 そう言い残して、リンは踵を返した。引き止めようとするエドガーの焦った声が聞こえるが、無視だ。しかし、数歩進んだあと、リンはそっと振り返った。


 背後に取り残してきたメンバーが、輪になって討論らしきものを始めている。それを目にしたあと、リンはまた前を向いて、足取り軽く歩き出した。


 スイは、リンと入れ違いで後ろを振り返り、口角を上げた。ブロンド髪の男子生徒が、輪の中からリンの後ろ姿を見つめている。ヒュンと尻尾を振って、スイは、リンの右肩から左肩へと移動した。


→ (2)


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