一センチ分の憂鬱 .1



 ハロウィーンの数日前のことだった。

 いつも通り、スイを肩に乗せて廊下を歩いていたリンは、ふと足を止めた。おかげでスイの身体のバランスが崩れかける。どうかしたのかと問うスイに、リンは、つと前方を指差した。



「……『ほとんど首無しニック』がいる」



 顔を向けて、スイは瞬きをした。確かに、グリフィンドール憑きのゴースト「ほとんど首無しニック」が、ふわふわと浮いている。俯いて、何やら考え込んでいるようだ。



「……何かあったのかな」


「さあ。この天気の悪さがいつまで続くのか考えてるんじゃないの?」


「え、ゴーストって天候を気にするものなの? 気温や湿度を体感できるの?」


「なんでそこに興味を持つかな」



 目を丸くするリンにツッコミを入れながらも、スイは、確かにそれは不思議なことかもしれないと思った。晴れだろうが雨だろうが、生身の肉体を持たない彼らには関係がないはずだ。なにせ、雨粒や雪や雹だって、身体を通り抜ける。

 そこまで議論して、リンは、はたと首を傾げた。



「じゃあ、雷が落ちたらどうなるんだろ? 雷には神霊的な力もはたらいてるっていう説もあるし……さすがの霊体もだめかな? 真っ二つに裂けるとか、木端微塵になっちゃうとか?」


「サラッと恐ろしいこと言うなあ、君は」



 スイは思わず、ふるりと身体を震わせる。リンはあくまで純粋な疑問を口にしただけなのだが、それがかえって恐ろしい。


 そうこうしているうちに、ニックがリンたちに気づいた。ゆっくりと近寄ってくる。それに気づき、リンは朗らかに挨拶をした。



「こんにちは、ニック」


「やあ、こんにちは、リン。お変わりありませんか?」


「私とスイは元気だよ。あなたはそうでもないようだけど」



 ちょんと首を傾げて言うリンに、ニックは目を瞬かせたあと、諦めとも言える表情を顔に浮かべた。



「相変わらず、洞察力の鋭い方だ」


「そう? 私はスーザンの方がすごいと思うけど」



 リンは、しっかり者のルームメイトを思い浮かべた。リンが時折ものぐさになって、学業や生活(主に食事)などを放棄しようとするとき、それを見咎めて叱咤(叱責?)するのは彼女だ。あの手腕には、スイも手放しの拍手を送っている。



「そうですか。良き友人ですね」


「いろいろと口うるさいよ? 特に食事中なんか、量が少ない、もっとしっかり食べなさい、って。私は別にあれでいいのに」


「いえ。よく食べ、よく活動し、よく寝る ――― これは健康的な生活の基本ですよ。絶対に欠かせません。特にあなたは、とても肌が白く、折れそうなほど細い。ご友人のおっしゃる通り、ちゃんと栄養を取るべきです」


「これは遺伝だよ。ジン兄さんだってこんな感じだもの」



 言い返したリンの頬を、スイはペチッと叩いた。ニックの手前、口は開かずに目だけで、話が逸れすぎであることを注意する。リンは「分かったよ」と小さく息をついた。



→ (2)


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