| 休み時間、中庭でジェームズたちと談笑していたシリウスは、ふと視線を廊下へと向けて、思わず立ち上がった。彼女だ。ざわっと何かが身体を這うような感覚に、意図せず口角が上がる。
「……あー、行くのかい、パッドフット」
そんな相棒の様子に気づいたらしいジェームズが聞いてきた。シリウスは「おう」とうなずいて歩き出す。背後でジェームズたちが溜め息をつく気配がしたが無視した。
「……よお、スネイプ」
なんとなくカッコつけた調子で声をかける。歩きながら本を読んでいたリンが、一拍おいて視線を上げた。シリウスを視認して「こんにちは」と無表情ながらに挨拶を返す。シリウスは(挨拶をもらったといううれしさで)にやけながら、腰に手を当てた。
「残念だが、俺の権限によってこの道はいま検問中だ。通りたければ、」
「じゃあいい。ほかの道行く」
間髪入れずに踵〔きびす〕を返して去ろうとするリン。シリウスは慌てて、歩幅の差を活かして彼女のまえへと回った。リンは瞬きをして無感動にシリウスを見つめてくる。何か言わなければとあせり、シリウスは「おまえ、」と口火を切った。
「また一人で移動してるのか? ぼっちだなんて、さみしいやつだな」
「好きで単独行動してるから、さみしくない」
かわいそうだから俺が一緒にいてやるよ。などと口に出すまえに、淡々と流された。シリウスが戸惑うあいだに、会話終了と判断したらしいリンが本へと視線を戻し、迂回して進むべく一歩踏み出す。ムッをしたシリウスは彼女の手から本を取り上げた。
リンが目を丸くしてシリウスを見る。シリウスは本のタイトル(『超級魔法薬学』)を一瞥したあと、勝手にページをパラパラとめくって「……暗ぇ内容」とため息をついた。
「こんな陰鬱なもん読んでたら、そりゃあ周りから煙たがられるよな……」
「私にとっては暗くない」
シリウスの手から本を奪い返して、リンが不機嫌そうな表情で言った。お、表情が変わった。シリウスはちょっとわくわくした。……補足しておくが、リリーと話すとき以外、リンは基本無表情である。リリー以外に親しくなれた者との会話でも無表情。だれかから敵意や悪意を向けられたときも、受け流しスキルが高いゆえ無表情。シリウスが悪戯をした際も無表情。だから、たとえ不機嫌そうな表情であっても、表情の変化はうれしいものなのである。
「お、怒ったか? 悔しいなら、」
「……リリー」
「え」
不意にリンが目を輝かせ、かすかに頬を緩めた。その視線はシリウスの背後(といってもはるか後方)から歩いてくるリリーに釘づけである。だがシリウスは、予期せぬところで(おまけに至近距離で)リンの笑顔を目撃してしまって、そんなことには頭が回らない。それどころか完全硬直だ。
そんなシリウスの脇を通り抜け、リンはリリーのもとへと歩いていき、談笑をはじめてしまった。という図を見て、ジェームズとリーマス、ピーターは深いため息をついた。 まったくもうとブツブツ呟きながら、ジェームズが相棒へと杖先を向け、呼び寄せ呪文で回収する。気遣いが足りず、シリウスの尻が思い切り地面に衝突したが、まあ仕方がないということで。
「いってえ! なにすん……あ? リンは?」
「リンなら僕の愛しのリリーと会話に花を咲かせてるよ」
「は?!」
バッと振り返るシリウスの尻を、ジェームズが強めに蹴った。いってえと騒ぐシリウスの頭上で、リーマスが深々とため息をこぼす。「あのね、シリウス」という声を聞いて、シリウスはとっさに「はい」と背筋を伸ばした。
「君、好きになってもらいたいって気持ちないよね」
「ある。あるに決まってんだろ」
「でもさあシリウス、客観的に考えてごらんよ。あの態度はないって。ねえピーター」
「うん……あれはさすがに……」
「待て。弁明させてもらうが、俺はただリンの気を引きたいだけだ。いろんな反応を見たくて、あえてああいう角度からアプローチ………、……そんなにひどいか?」
「はっきり言うけどジェームズ以下だよ」
「わあ、言われちゃったねパッドフッ……ねえムーニー、さりげなく僕のこと低く評価してない?」
笑いを引っ込めて問うたジェームズを無視して、リーマスは「まずは好意がしっかり伝わるようにね」と締めくくった。ジェームズも切り替えて「じゃないと進展しないぞ」と注意する。ピーターは「がんばって!」とシンプルな応援をした。三人の顔を順に見渡して、シリウスは「……おう」とため息に近い呟きを返した。
……そんなに会話をしたその日の夜。グリフィンドールの談話室にて、シリウスは盛大にうなだれていた。話を聞いた三人も複雑な表情で目を見合わせる。とりあえずジェームズが「ドンマイ!」とシリウスの肩をたたき、ピーターが「元気だして」と背をさすり、リーマスが何度めかのため息をついた。
簡単に状況を説明すると、シリウスから「玉砕した」と報告を受けたところだ。夕食後にリンを呼び出し、いままで誤解させてきたようだがと切り出して「おまえが好きだ」とシンプルに告白し、これまたシンプルに「私は好きじゃない」とフラれたらしい。
「………たしかに『好意が伝わるように』とは言ったけどね、シリウス。でも、すぐに告白しろとは言ってないよ」
「こんな急に告白してもフラれるだけだってわかってただろ?」
呆れた口調のリーマスとジェームズの言葉を聞いて、シリウスは苦虫を噛み潰したような顔をした。「……罵ってもらって構わないんだが」と前置きをして、ぽつりとこぼす。
「……経験上、俺に告白されて喜ばない女なんていないんじゃないかって思ってた」
「いい勉強になったね」
リーマスが皮肉たっぷりに笑顔を浮かべた。ジェームズは「これだから美形は」と首を振り、ピーターは「……僕も言ってみたい」と影を落とす。……まあたしかに、この美貌ではうぬぼれても仕方のないことだと思うが。常に女子からの熱い視線を集めている友人をまえに、三人はひっそり思った。
「それで、諦めるのかい?」
「……なわけあるか! そんな浅い想いじゃねぇんだよ! ぜったい落とす!」
「よく言ったシリウス! さすがだ! 片想い同士、一緒にがんばろうじゃないか!」
勢いよく立ち上がって吠えるシリウスに、ジェームズも立ち上がって叫ぶ。意味不明なテンションで騒ぐ二人についていけず、リーマスとピーターは顔を見合わせたのだった。
そしてその翌日から、不器用なりに情熱的に求愛するシリウスと、とまどって逃げまどうリンの姿が学校のあちこちで目撃されるようになる。たとえば大広間で「よ、よお、リン。今日もその、……好きだ」「……は? えっ……え?」とか。たとえば図書館で「お、おい、リン、おまえが好きそうな本、あっちの……あ、案内する」「……いや、場所だけ教えてくれればいい」「お、俺が、おまえを……好きな女を、自分で案内したいんだよ」「なっ……、………い、いらない」とか。たとえば廊下で「あ、あのよ、リン。理想的な恋人像……とかあるか? ほ、ほら、好きなヤツのタイプは、知っときてぇし……」「………っ、」「……や、やっぱり俺に言うのはイヤか……?」「う……、……せ、誠実なひと、とか」「お、俺はわりと一途だ! 大事なヤツからもらえる信頼はぜったい死んでも裏切らねぇって決めてる!」「………そう」「お、おう……」「………、なるべく死なないようにね」「! わ、わかった!」とか。
じわじわとリンが陥落しつつあるので、このままがんばれば大丈夫なんじゃないかなあと思うリーマスだった。それにしても、いちいちどもるシリウスってやっぱり慣れない。
**あとがき** まどか様リクエスト“「世界」IFで世界主セブルス成り代わりのシリウス落ち”でした。詳しい希望設定がありましたので、そちらに従って執筆させていただきました。 空回るシリウスがおもしろくて、あんまり恋愛っぽい描写が入れられなかったのが残念です。たじたじするとこをあんまり書けなかった。分量の都合もあって。申し訳ない。たじたじしながら真っ赤になってる夢主を想像しながら読んでもらえたら。
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