| 「……でも、それは、ジン兄さんが……」
授業終わりの休み時間。耳慣れた声を聞きとめて、ジンは廊下でふと立ち止まった。
(……いまのは、リンの声だよな)
たしかこちらから聞こえたと首を回せば、いた。中庭のベンチに、リンが友人たちに囲まれる形で座っていた。訂正。リンは女性の友人たちと並んで座り、男性の友人二人はそこからかなり離れたところで待機していた。
男子二人はちょうど、ジンとリンとを直線で結んだその間に位置している。ジンの方へ背を向けているので、気配を消して横を通りすぎてもいいが、どうせ一人はジンに気づいて威嚇してくるのだろう。それなら堂々と声をかけてから行くべきか。そう判断して、ジンは足を踏み出した。
「……マクミラン、フィンチ-フレッチリー」
静かに声をかけると、アーニーが「っう、わ?!!」と盛大に吃驚した。びくんと肩を跳ねさせて大仰に振り返る彼とは対照的に、ジャスティンは無音で瞬時に鋭い眼光を向けてきた。性格(本性)がよくわかるものである。
「……何か?」
「ああ。リンがあそこで何を話しているのか、気になったから声をかけた」
そっけなく冷たい態度を気に留めずに用件を述べると、ジャスティンは片眉を上げて「あなたには関係ありません」と撥ねつけた。アーニーもコクコクと頷く。ジンは「そうか」と相槌を打ち、リンのほうへと歩き出した。即行で二本の手にローブを掴まれる。
「……なんだ」
「いやどこ行くんですか、あなたには関係ないですってさっき言ったじゃないですか、ちょっ待ってこのひと力強いジャスティン踏ん張ってくれ」
「関係なくはないな。先ほどリンが俺の名を口にしたのは確認済みだ」
「この僕ですら聞きとめられなかったリンの言葉を耳に入れただと……? くそ、貴様、勝ったと思うなよ!」
「ジャスティン、そうじゃないだろ!」
わあわあ言い合いはじめた二人に呆れつつ、ジンは気配を消して二人の横を通りすぎた。ちなみに二人に引っ張られているジンは分身である。分身は無表情でグッと親指を立ててジンを見送った。
近づいていくと、なんとなく会話の内容がわかってきた。どうやら、明日のジンへの誕生日プレゼントを何にするかという話題らしい。これは引き返すべきかと考えたとき、ふとリンと目が合った。
「……え、あ、えっ、ジン兄さんっ?!」
リンが目を見開いて立ち上がる。いつもより焦った様子の吃驚具合に、ジンは首を傾げる。そこまで驚くことだろうか。……サプライズとかを企画していたなら、驚くかもしれない。そんなことを思っていると、ベティが「ちょうどよかった!」と明るい声を出した。
「せっかくだし、本人と話せばいいじゃない。ささ、どうぞ、ジン」
ニコニコと席をあけられ、ジンは困惑する。そうしている間に、女子三人はなにやら興奮した様子で去っていった。あ、マクミランたちがこちらに気づいた、と思えば女子たちに回収されていく。なんてぼんやり観察している場合ではなさそうだ。とりあえず座ってちらりとリンをうかがうと、わかりやすくドギマギしていた。
「………、話とは何だ?」
「いや、あの、たいしたことじゃ、」
「俺個人としては、どんな話でも聞きたいが」
なるべく柔らかく、話を聞きたいという姿勢を見せる。こんなときでも無機質な己の声音が恨めしい。ついでに無表情な顔も腹立たしい。などと思いつつ、そっとリンの手に触れる。
「……どうしても俺には話せないことなら、無理には聞かないが」
すこし切ないけどな、なんて心のなかで呟きながら言うと、リンはしばらくの沈黙ののち「……た、誕生日に」と話しはじめた。「ああ」と相槌を打ってやる。
「ジン兄さんの誕生日プレゼントをどうするのか、聞かれてですね、ふつうに本を贈るつもりだと言ったら、ベティたちが『ありえない』と反応してきて、それで、どうしようか悩んでたんです」
「俺はべつに本でも何でもかまわないが」
「いえ、あの……こ、恋人として贈るはじめてのプレゼントが本なんて、い、色気がないと指摘されて、たしかにそうかなって思って、あのつまり、できれば恋人として、ジン兄さんに喜んでもらえたらいいなって、わ、」
無意識にかジンの手をぎゅっと握ってくる手が可愛くて仕方がないんだがどうしたら、なんて思っていたらつい身体が動いた。抱きしめられてリンが硬直している。しかし離してはやれないなと思うあたり、もう完全にリンを恋人として見ているようだ。
「……プレゼント、リクエストしていいなら欲張るぞ」
黒髪を梳きながら言うと、リンが「え」と声を上げた。ジンの頬が自然と緩む。
「おあつらえ向きに明日はホグズミードだろう。デートしてほしい。できれば一日、俺の独り占めで」
「……はい、大丈夫です」
「あと、名前。『兄さん』というのを外してほしい」
「む……り、とは、言ってられない、ですよね、将来的に……。えっと、努力します」
「………」
「? ジンにぃ……、ジンさん?」
「……将来まで考えてくれてるのか」
「………ごめんなさいすごく恥ずかしいこと言ってました嘘です、じゃない本当です、けどでもあの撤回じゃなくて保留でお願いします」
「落ち着け」
わたわた慌てるリンの頭をポンと軽くたたく。耳まで真っ赤だとは指摘しないでおこう。たぶん自分の顔も赤い。おまけに締まりない顔になっているだろう。
「……よかったな、いとこは結婚できて」
「………っ」
じわじわとリンの頭から熱が伝わってくる。返答に窮するリンにふと笑いを漏らして、ジンは彼女の前髪を掻きわけ、反射的に顔を上げたリンの額へと、控えめに唇を押し当てた。
完全に顔を真っ赤にして硬直するリンに、満足感。邪魔するかのごとく飛んできた光線は、きっちりとジャスティン本人に返しておいた。
**あとがき** まどか様リクエスト“「世界」でジンと世界主が両片思いか恋人でほの甘な話”でした。独断により恋人設定にさせていただきました。ほの甘かどうか微妙です。ほのの要素。 勢いに任せて書いたら妙に甘くなった気がします。ジンはこんなバカップルみたいなことにはならないというイメージなのですが、でもたぶん恋人できたら意外とバカみたくなるかと思います。健全な武士系男子ですが、変なところ天然なひと。 そして安定のジャスティン。ハンナとスーザン空気ですまない。
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