| 「ダームストラングの代表選手と、ずいぶん仲良くやってるようじゃないか」
図書館で読書をしていると、背後からそんな言葉をかけられた。リンは顔を上げて瞬く。ドラコ・マルフォイが、近くの本棚に寄りかかって腕組みをしている。
「驚いたねえ。ハリー・ポッターの親友ともあろう者が、まさかビクトール・クラムとダンスパーティーに出席するだなんて」
「最初に誘ってきてくれたひとの申し込みを受けようって決めてたんだよ。それが彼だったから、彼のパートナーになった。それだけ」
本へと視線を戻しながら淡々と返すリンに、ドラコが黙った。気になって視線を向ければ、彼が不満げな表情を浮かべているのが分かった。リンは瞬く。
いったい何に怒っているのだろうか。マグル出身者が世界的に有名なクィディッチ選手の隣に立ったことが気に入らないとか、そういう感じだろうか。相変わらず面倒な価値観を持ったひとだ。
「マグル出身者が彼のパートナーになるのが嫌なら、彼にべつのひとを紹介してあげればよかったじゃない。彼、スリザリンのテーブルで食事をするんでしょう?」
「はあ? あいつのパートナーが誰かなんて、僕が気にするものか。そうじゃなくて僕はおまえが、………なんでもない」
不機嫌そうな顔から一転、頬を淡く染めて、ドラコはふいと顔を背けた。わざとらしい咳払いを数回して、再びこちらへと向き直る。その顔には、いつも通りの嫌味な表情が戻っていた。
「君はクラムの応援をしてるのかい? ポッターの親友を公言してるくせに、クラムと踊って、クラムに湖から助け出されて、挙句やつからブルガリアに招待され、告白されて」
「よく知ってるね。ああ、スキーターの記事を読んでるんだっけ」
「っ、パ、パーキンソンたちが騒ぐせいで耳に入ってきただけだ!」
「べつに怒鳴らなくても……静かにしないとマダム・ピンスが飛んでくるよ」
「………っ、」
なぜか真っ赤になって声を張り上げたドラコから視線を外し、リンはカウンターのほうへ顔を向けた。喜ばしいことに、マダム・ピンスがやってくる気配はないようだった。
「……それで、やつになんて返事したんだ?」
眉間に皺を寄せたドラコが、ぶっきらぼうに質問してきた。なぜ去らないのか疑問である。マグル出身者のリンと話すのが嫌なら、さっさと話を切り上げて帰ればいいのに。溜め息を我慢しながら、リンは本へと視線を落とした。
「お友達からお願いします、あとブルガリアには機会があればお邪魔しますって言っておいたけど」
「……付き合ってはいないんだな?」
「まぁ、よく知らない相手といきなり付き合い出すの主義じゃないし、付き合うなかで相手のことを知っていく、なんていう考え方もできないし」
肩を竦めるリンを見て、ドラコは眉間の皺を薄くした。身体の力も抜けたのか、肩もわずかに下がった。活字を追うリンは見ていないが。
「……そうか……、ま、まあ、クラムと君じゃ釣り合わないしな。無口同士で沈黙が痛そうだ。国がちがうから感覚のズレもあるだろうし」
「ああ見えて彼おしゃべりさんだよ? けっこう饒舌に話しかけてきてくれる。ブルガリアの文化についても詳しく教えてくれて、聞いてておもしろい」
「………、やけに好印象を持ってるな。好意を寄せてもらえてうれしいんだろう」
「そうだね、悪意よりは好意のほうがうれしい。あなただってそうでしょう?」
「……フンッ、甘ったるい考えだな。あいつの言葉を鵜呑みにするなんて。裏があるとは思わないのか? おまえの知恵を借りるつもりだとか、あるいはポッターについて情報を得ようとしてるとか!」
パタン。リンが本を閉じた。ドラコの身体がビクッと跳ねる。立ち上がるリンから後ずさりながら、ドラコは頬を引き攣らせた。
「な、なんだ、怒ったのか? 言っておくけど、」
「べつに怒ってないよ。ただ、そういう風に疑念ばかり抱いてて虚しくはないのかと疑問には思うけど」
静かな言葉を残して、本を抱えたリンはドラコに視線を向けることなく本棚の合間へと姿を消した。足音が遠ざかっていき、ついには聞こえなくなる。ドラコはその場にしゃがみ込んだ。くずおれたと表現したほうが適切かもしれない。
(……馬鹿か、僕は……)
深々と溜め息をついて後悔の念に苛まれる。なんで自分の口は嫌味で失礼な言葉しか発してくれないのか。恨めしい。おかげで距離は広がるばかりだ。
好きな子には優しくしなさいねと、ドラコの母は言った。想いを寄せる異性には礼儀正しく紳士的に振る舞うのが男子の務めだと、ドラコの父は言った。
ごめんなさい母上父上。僕はどちらもできない未熟者です。おまけに怒らせました。この場合どうしたらいいですか。心のなかで父母に SOS を送りながら、ドラコは「泣きたい」と呟いた。
「まったく希望がない……どうせ僕なんて、失礼で陰気な純血主義のイヤなやつって思われてるだけだろうし……」
「そんなにジメジメどんよりして、キノコでも栽培したいの?」
「悪かったな湿った雰囲気出して………。はぁっ?!!」
勢いよく顔を上げる。すぐ近くにリンがいた。本を抱えて、不思議そうにドラコを見下ろしている。ドラコは顔を赤くした。
「なっ、おまっ、僕に怒って帰ったんじゃなかったのか!」
「怒ってないって言ったじゃない。読み終わった本を返却して次の本を物色しに行ってただけだよ。君こそ帰ってなかったの?」
「まぎらわしいな!」
僕の後悔と苦悩と悲哀を返せ。苛立ちながら思ったところで、ドラコは思考を一時停止した。ちょこんと前にしゃがみ込んだリンを凝視する。
「………おまえ、いま、僕の独り言を聞いてたか?」
「聞こえてしまったからね」
あっさりと肯定するリンを直視できず、ドラコは顔を手で覆った。パァンと音がなるほどだったので、手を顔に打ちつけたと表現したほうが正しいかもしれない。とにかく、全力で顔を隠す。さらに隠すべく、膝を立ててそこに額を押しつけた。
「……たしかに私、君のこと『失礼で陰気な純血主義のイヤなやつ』って思うときあるけど」
ぐさりとドラコの胸が言葉の刃で突き刺される。落ち込みかけたドラコの耳に、リンが小さく笑う音が届いた。
「でも、根本は臆病なヘタレだし、なんだかんだ家族を大事にしてるし、けっこうメンタル弱いし、根から腐ったやつではないとも思ってるよ。言葉と態度と表情が悪いのは君の個性だもんね?」
けなしてるのかフォローしてるのかどっちだ。文句を言おうかとも思ったが、声は温かいし盗み見た表情も穏やかだったので、ドラコは鼻を鳴らすだけにとどめた。顔が熱い。
「……『穢れた血』とか、意地の悪いことばかり言って、悪かった」
ぼそぼそと言えば、目の前の人間は目を丸くし、へらりと笑った。ふやけたマヌケづら、と言いそうになる口を必死で制し、ドラコはリンの手にちょんと触れた。
「………僕はリンが好きだ。って、言ったらどうする」
硬直したリンが数秒後に真っ赤になるのを見て、ドラコは、まったく希望がないわけではなさそうだと思った。
**あとがき** 夜空様リクエスト“世界のIFで世界主がハーマイオニー成り代わりだったら”でした。ドラコ落ちとのことで、詳しい希望設定もありましたので、そちらに従って執筆させていただきました。 アプローチしようとしてツンしちゃって落ち込むという流れには自信ないですが、「世界」主が無自覚に口説けているのかも不安ですが、ドラコが少し素直になって口説くところはうまく表現できたかと思います。彼の告白はきっとこんなセリフだと思い込んでる。 なぜかドラコにはツッコミかツンデレかネガティブ思考をさせたくなります。だから彼と「世界」主との絡みは楽しい。
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