頭の良さには、昔から自信があった。同年代の誰よりも成績が良いという自負もあった(ただし体育の成績は除く)。

 ホグワーツ魔法魔術学校という未知の世界に足を踏み入れたときも、自分は成績優秀者であるという確証に揺らぎはなかった。魔法にもある程度の原理・理論があり、その点においては、マグルの世界も魔法使いの世界も変わりはない。そして、論理的な思考はハーマイオニーの得意分野だった。

 どの授業でも先生の質問には完璧に答えられたし、提出課題の評価もよかった。この調子なら試験の成績も大丈夫だろうと思いつつ、しかし念には念を入れて予習復習を欠かさず、さらにテスト前の期間にも復習に精を出した。

 だから、ホグワーツで最初の学期末試験の結果を見たとき、愕然とした。自分は主席だろうと信じて疑わなかったのに、まさか次席だなんて。自分より上にだれかの名前があるという光景など、想像したこともなかったのだ。

 もちろん、ホグワーツにおいて主席を多く輩出する東洋の魔法使いの家系が存在していること、そしてその家系の者が自分と同じ学年にいることは知っていた。しかし……まあ認めよう。授業を共にする機会が少なく、かつ本人による自己主張(挙手や成績の自慢)があまりなかったので、ちょっとだけ侮っていた。だからこそ、悔しさもひとしおだった。

 思えば、あの試験結果発表の日が、ハーマイオニーがリン・ヨシノという生徒をはっきりと意識した最初の瞬間だった。

 そして闘志を胸に復習と予習に励んだ夏休みを終え、迎えたホグワーツ二年目。唯一ハッフルパフと合同である薬草学の授業で、ハーマイオニーは積極的に挙手発言をした。自慢じゃないがすべて完璧に答えられたと思う。しかしリンのほうも、先生から指名を受けては、ハーマイオニーに負けず劣らず正確に、かつ要点をおさえて答えていた。

 ハーマイオニーの闘志はますます燃え上がり、リンを強く意識した。自分が先生から点をもらうたびにリンの様子を一瞥してみたり、あるいはリンが指名を受けた際に注目してみたりした。が、一方のリンはハーマイオニーに対して無反応だった。というか自分が獲得した点にすら興味が薄いようだった。

 そんな状況が一カ月近く続き、だんだんとハーマイオニーの熱意は失せていった。あまりにもリンの競争心が希薄すぎて、やるせなさを感じたというか。ライバル視することに疲労を感じてきたというか。いずれにせよ、そのあたりからリンへの闘争心が薄れていったことはたしかだ。

 闘争心(敵対心)がなくなると、冷静にリンのことを見れるようになった。そして発見があった。物事に対して淡泊で柔軟(悪く言えばテキトー)だとか。スイという猿を大切にしているだとか。成績へのこだわりより知的探究心が強いこと。いつも冷静で、他人に対して浅はかな偏見や悪意を持たないこと。

 純血の家柄であるものの純血主義では決してなく、マグル出身の生徒とも交友関係を築いていること。「秘密の部屋」騒動が起こってハリーが「スリザリンの継承者」だという噂が流れた際、それを否定したこと(ハリーやロンから聞いた)。

 決闘クラブのとき、スリザリンのミリセント・ブルストロードに格闘技をかけられたハーマイオニーを助けてくれたこと(その時点で、自分とは違って彼女は実技もできる子なのだと悟った)。

 加えて「秘密の部屋」事件の収束にも一役買ってくれたそうで、いい人なのだと思った。学期末のパーティーで高ぶった感情のままリンに抱きついたところ、若干ギクシャクしたものの拒むことなく受け入れてくれたので、やはりいい人なのだろう。

 そうこうするうちに三年生になり、以前よりリンと接する機会が増えた。彼女の話は興味深い視点からのものが多く、聞いていておもしろかった。時折ハーマイオニーが思いつかない、あるいは見落としている観点からの発想や指摘が得られて、そういう時には、リンに対する尊敬に似た感情が湧き上がってきた。

 まあ屁理屈や揚げ足はいただけないが、そういう話もいろいろと参考になるので有意義だと思うことにした。とはいえ彼女がなすスルーやボケについては、いまだに理解ができないが。

 しかし、そのスルーやボケのスキルのおかげか、リンが感情を爆発させることは滅多にない。そもそもの忍耐力がかなりあるようで、学問としての存在意義が不明な占い学の履修を切ったりすることもなく、十二科目分の授業と試験を乗り切った(さすがに四年生では科目を減らすことにし、占い学をやめたらしいが、一年とはいえあのトレローニーについていけたのは称賛に値すると思う)。

 リンは不思議な人物だ。かなわない相手では、ない……と思いたい。同じ人間なので、努力すればいつかきっとどこかの分野で彼女と並び、あるいは彼女より一歩前に出られるはずだ。

 だけど、べつの意味で次元がちがう人なのだと思う。執着心や功名心、野心が薄く、向上心も曖昧。互いに切磋琢磨し合う仲というものにはならないと、ふと感じた。時折ちらっと様子をうかがう程度の、そんな仲がいちばん合っているのだろうと。

 だからハーマイオニーは、リン・ヨシノを競争相手としては見ないことにしたのである。


「……と、まあ、こんな感じかしら? これが、私がリンに対する対抗心を収めた経緯よ」

 ふうと一息ついて、ハーマイオニーは微笑んだ。スッキリした顔の彼女とは対照的に、話をずっと聞いていたハリー、ロン、テリー、マイケル、アンソニーはゲッソリしていた。

 図書館で偶然出くわし、なんとなく気になっていたこと(「ハーマイオニーも昔マイケルとアンソニーみたくリンに対抗心持ってたけど、いつあきらめたんだ?」)をテリーが尋ねて、数十分。

 ひたすら長々と語り続けたハーマイオニーに、ひたすら聞き続けるしかなかったハリーたちは(ロンとテリーは途中どこかに思考を飛ばしていたが)とんでもなく疲労を感じていた。よくまあ語れるものである。肺活量どうなってるんだ。

「あー、えっと、つまり、明確に『いつ』ってことではないんだね?」

 疲れ顔のアンソニーが問うと、ハーマイオニーは「そうね」と首肯した。

「気づいたら降参してたというか。あ、でも厳密に言えば『降参』っていうより対抗心の消失かしら。リンをライバル視してても仕方ないって、いつの間にか悟ってた感じ」

「なるほどね。サンキュー、いい話聞かせてもらったわ。じゃ、俺ら帰るな!」

「うん、明日の授業の予習があるから!」

「ポッターとウィーズリーも僕らやグレンジャーを見習って勉学に励むといいさ」

 早口で割り込んでにへらっと笑顔を見せたテリーの言葉を皮切りに、アンソニーとマイケルも挨拶の言葉を放つ。そしてレイブンクローの三人組は早歩きで図書館から出た。

 とりあえず、あのハーマイオニーからも一目置かれているリンはすごいと思うにとどめておきたい。



**あとがき**
 Coo様リクエスト“「世界」でハーマイオニーがリンにはかなわないと悟った瞬間の話”でした。
 なんというか、「かなわないと悟った瞬間の話」というより「ハーマイオニーによる「世界」主についての見解」みたいな話になってしまいました……ご希望と大幅にずれてしまっていたら申し訳ないです。
 ハーマイオニーは冷静だけど変なところで熱い子ですが、妙に天然で聡くてやはり冷静なので、だんだんと自分から沈静化してゆっくり「世界」主のことを見ていく子なのかなと思います。そのあたりが表現できているといいな。



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