| ジャスティンは絵が得意だ。基礎的な技術力も高いし、センスもあると自覚している(イヤミとか自慢というわけではなく、ただ周りからの評価から察しただけ)。だから、いま自分が描き上げた絵の出来には自信がある。自分が描いたものは。
ベティのほうは、はっきり言ってひどい。これは絵と言えるのかと疑いたくなるレベルだ。硬直するジャスティンのまえで、ベティはモゴモゴと言い訳を口にする。曰く、苦手なものにチャレンジしたのだから、その出来映えが芳しくなくとも仕方ない。
「……芳しくないどころじゃないだろう。これはもはや絵じゃない。何らかの事故によって絵の具がまき散らされた残念なキャンバスだ」
「うるっさい!」
正直に意見を述べさせてもらえば、ベティが威嚇してきた。ジャスティンはため息をついた。自然と目が閉じ(だって目に毒だ)、肩も落ちる(だって脱力するしかない)。……ベティと組んだのはまちがいだったかもしれない。
――― 魔法界では、絵画に命を吹き込むことができる。マグルの世界で育ったジャスティンやベティにとって、この技術は非常に魅力的だった。ぜひやってみたい。しかし、リンたち(生粋の魔法族で、動く絵画に新鮮さを感じない面々)に気を使わせる(?)のも忍びない。ということで、二人でこっそり試すことにした。
人気〔ひとけ〕の少ない地理にある空き教室を借りて、まずは肝心の絵を描こうという話になった。そして二時間キャンバスと向き合った結果がコレだ。ベティ曰く「苦手なりにがんばったけど、見れたもんじゃない絵」。ジャスティン曰く「汚れたキャンバス」。とにかくひどい。
あーあっとベティが盛大なため息をついた。その手にあった絵筆が机へと放り投げられる。それを目撃したジャスティンの眉間に皺が寄った。
「ものはもっと丁寧に扱ったらどうだい? ほんと、君って繊細さに欠けるな。あんな稚拙な色の塊しか描けないのももっともだ」
「お黙り! そういうアンタはどうなのよ! さぞかしご立派な作品なんでしょうね!」
「当然。僕は由緒正しきフィンチ-フレッチリー家の人間。しっかりと教育を受けてきてるさ。とくに絵画については、先生から何度もお褒めの言葉を、」
「はいはい。話はいいから見せなさいよ」
「お断りだね。この作品はリンにいちばんに見てもら……って! おい、ベティ!」
意思を伝えようと言葉を紡ぐジャスティンを、ベティが押しのけた。そのまま絵を無遠慮にのぞき込む。ジャスティンが文句を言おうとしたとき、ベティの目が大きく見開かれた。
「……きれい」
こちらの胸にスッと落ちてくるような響きの言葉だった。ひたすらにジャスティンの絵を見つめている目が、キラキラして見えた。ジャスティンも思わず言葉を失う。
「……すごい。アンタ、こんな絵が描けるんだ」
まっすぐシンプルな賞賛の言葉と、ほぅと感嘆の息。そのあいだもずっと絵に釘づけになっている目。ぞくっとしたものがジャスティンの身体を走った。
「……君こそ」
そんなきれいな瞬間を持ってるのか……とまでは口にしなかった。気合いで止めた。聞かれたら洒落にならない。というか、いまのは気の迷いだ。ベティがきれいに見えるだなんて、ない。ない。ジャスティンが必死に心を落ち着かせていると、ベティがこちらを振り返った。反射的に顔をそむける。
「なに」
「べつに」
「……あっそ。で、さっきなんて言ったの。聞こえなかったんだけど」
「………魔法をかけるなら早くしたほうがいいんじゃないか、って言ったんだ」
「ああ」
とっさに思い浮かんだことを言うと、ベティはあっさりと切り替えた。ごそごそとメモを取り出して読みはじめる。その姿を一瞥して、ジャスティンは身体の力を抜いた。いつも通りのベティだ。ボサボサ頭で、マイペースで、口も態度も頭も性格も悪い。うん、ぜんぜんきれいじゃない。
やはり気の迷いだったと安心すると、余裕も出てくる。ジャスティンは再びベティの絵のまえへと足を運んだ。何度見てもひどい。こんな絵を描く人間がいるなんて驚きだ。
「……一応聞くけど、君の絵にも魔法をかけるのか?」
ふと浮かんだ疑問を口にしてみると、ベティが顔を上げる気配がした。ジャスティンはキャンバスから目を離さないが。いちいち目を向けてやる義理はないと思っていれば、ベティが「いや」と笑った。
「しないわよ。こんなもの動くようにしてどうすんのって話じゃない」
「ホラー的な要素として需要があるかもしれない」
「どういう意味だコラ」
「だってこれ化け物だろ。おぞましいうめき声を上げてそうだ」
「……ふふっ、やだわ、そんな風に見えるだなんて。アタシは妖精が住む癒しの森を描いたつもりなんだから」
「ひとでも食らう妖怪が棲む不気味な死の森じゃなくて?」
ベティの声と表情には明らかな怒りがこめられていたが、ジャスティンは無視して真顔でわざとらしく聞き返してやった。ベティの手のなかでメモがぐしゃりと音を立てた。
「……アンタほんとうざい。数回でいいから死んできて」
「ひとに向かって言うセリフじゃないな。どういう神経してるんだか。君こそちょっと天文塔のてっぺんから箒も杖もなしで飛び降りてこればいいんじゃないか?」
「アンタこそ同じようなこと言ってんじゃない!」
「僕はマシだろ。オブラートに包んで言ったんだから。これこそ気遣いってものだよ」
「頭おかしいんじゃない? おかしいでしょ」
「バカには言われたくない」
「ひとのことバカにすんな!」
「べつに僕は君がバカだなんて言ってないけどね。自分がバカだって少なからず認めているがゆえの怒りかい? ほんとうに愚かしいな、君は」
「黙れ、ハゲろ、くるくるパー」
「口を閉じろ、ボサボサ頭」
ついつい口喧嘩に熱中してしまい、数分後たまたま通りかかったマクゴナガル先生にお叱りを受けるハメになるのだった。
**あとがき** Coo様リクエスト“「世界」のベティとジャスティンのとある一日。(ジャスティンがベティにちょっとときめく/ジャスティン視点)”でした。ベティ視点を先に読んでも支障はないようになってます。 ちょっとときめくっていうレベルの把握に失敗した。これときめくって言えるのかな。わからない。力量が足りず申し訳ない。えっと、女の子ってふとしたときにきれいに見えるものらしいです。ジャスティンはそれを見つけてドキッとした的な。補足がないとわからないですね申し訳ない。
Others Main Top
|
|