「なぁ、スネイプ」


「なんだ、××」


「お前、エバンズのこと好きだろ」


「……な……っ?!!」



 いきなり****の口から言葉に、セブルスは、一瞬固まったあと、目を剥いて仰け反った。

 持っていた羽根ペンが、机の上へと零れ落ち、書いていたレポートの文字の上に、黒い染みを作る。だがセブルスは、そんなことには構っていられなかった。



「……っお、まえっ、な、なに言ってるんだっ!」


「俺によるスネイプの観察結果。それよりスネイプ、レポートが台無しになってるぞ」


「それはいい、じゃない待て貴様。僕を観察対象にしてたのか?」


「よくないだろ、せっかくいい出来なのに。まったく仕方ないなあ、俺がなんとかしてやろう」


「おい質問に答えろ!」


「よーし。ほら、綺麗になったぞ、スネイプ」


「聞け××!!」


「落ち着けよ、スネイプ。声が大きいぞ? 注目を集めてるじゃないか」


「…………」



 セブルスは、ついに口を閉じた。


 落ち着けなど、よくも言える。自分が落ち着きをなくしたのは、誰が原因だと思っているんだろうか。おまけに、自分の質問に対して何のレスポンスも返さないとは。失礼にも程がある。


 いろいろ思うところのあるセブルスだったが、口を開いたものの、そこから出てきたのは、重苦しく長い溜め息一つだけであった。****に対する諦念の表れである。


 一方、****は、教科書を捲りながら「どうしたスネイプ。悩み事か? ストレスか? 勉強ノイローゼか? 恋煩いか?」などと抜かしている。


 もう何もツッコミを入れるまい。そう心に決めて、セブルスは立ち上がった。羊皮紙を丸めて、羽根ペンとインク瓶と一緒に、鞄の中に納める。そして、教科書を眺めている****に目をやった。



「××、レポートは切り上げて、いい加減に用意をしろ」


「なぜ?」


「……次は『魔法薬学』だろう」



 セブルスの指摘に、****は「そうだったっけ」と首を傾げる。この男は、未だに時間割を覚えていないのか……セブルスは、呆れと心配の入り混じった気持ちになった。



「……まあ、いい。とにかく早く支度をしろ」


「待て。ここだけ終わらせたい」


「やめろ。授業に遅れる」


「別にいいだろ。スラグホーンだし」


「だめだ。どの授業だろうと、誰が担当だろうと、遅刻は許されない」


「はいはい分かってる。つか焦るなよ。大好きなもの二つともに触れられる授業だからって、逸〔はや〕りすぎ」



 羽根ペンを走らせながら、****がさらりと言う。セブルスは、ぐっと言葉に詰まった。自分の制止を聞かずに作業を続ける男に対する文句が、喉の奥へと引っ込んでしまう。



「………好きなら、もっと関わればいいだろうに、なに遠慮してんだよ」



 そわそわと落ち着かない(もっとも、****以外の生徒には、至って平常に見えるのだが)スネイプを一瞥して、****が言った。



「遠目に見てるだけで満足ですって? ピュアな乙男かよ? それとも、なんだ、相手がグリフィンドール生かつマグル出身で、気に病んでるのか?」


「マグル出身?」



 セブルスの口から、やけに鋭い声が出た(いささか非難がましい調子ではあるが、それでも「穢れた血」という言葉が出なかったことに、****は少し驚いた)。



「そんなことで、彼女の価値が落ちたりするものか。彼女は、すごいんだ。そこらの魔法使いや魔女たちなんか、比べものにならないくらい……、」



 そこで、セブルスは口を閉じた。瞬きをして、****へ視線を向ける。

 間一髪、****は、今の今までセブルスを見つめていたことを悟られることなく、視線を彼から外すことに成功した。



「……だったら、なおさら、話しかければいいじゃないか。お前だって、正直それを望んでるだろ?」



 さりげない調子で発言すれば、セブルスは、ぎゅっと顔を顰〔しか〕めた。ついと視線を逸らして、ぼそぼそと何事かを呟く。通常ならば聞き逃すほどの声量だったが、聴力の優れている****には、難なく聞き取れた。


 要約すると、こうだ。エバンズに話しかけるのは問題ないが、彼女の周りにいる女生徒(大半がマグル出身者)たちが気に食わないため、なかなか彼女に近寄れない……なんて面倒なやつだろうか。****は内心で呆れた。


 そんな風に考えて、遠くからウジウジと眺めているだけだから、彼女との距離が縮まらないのだ。 ****から見たセブルスは、なぜか、やたらと妙に何やら自信を持っているようだけれど。しかし、はっきり言って、彼自身が思っているほど、彼と彼女の距離は、近くないのだ。物理的にも、精神的にも。


 鈍感というか、自惚れというか。ぶっちゃけ、馬鹿だ。こういう奴に限って、他の誰かに奪われるのだ。この可能性に、この男は気づいているのだろうか……。



「……まったく、これだから無自覚は困るんだ」


「なんの話だ?」


「いや。それより、そろそろ行こうぜ」



 わけが分からない様子のセブルスに、****は肩を竦めた。机の上に広げていた学用品を鞄に突っ込んで、立ち上がり、セブルスを追い抜かして談話室を出る。そのことでセブルスが文句を言うのは、無視だ。





「 ――― おぉう、スニベリーじゃないか」


「今日も××にくっついてるのか?」


「はは、うるせぇよ正義のヒーロー気取りの高慢傲慢おもしろがり見せびらかしの暇人愉快犯ホモコンビが」


「し、辛辣だね……」



 ばったり出くわした(というか、待ち伏せていたらしい)ジェームズとシリウスが、ニヤニヤ笑ってセブルスに絡んでくる。だが、セブルスがレスポンスをする前に、****が爽やかな笑顔で応答した。


 頬を引き攣らせてコメントをしたのは、リーマスだ。言われた当人たちは、あまりの言われ様にショックを受け、揃って硬直していた。ついでに、なぜかピーターも硬直している。


(……これくらいでキャパオーバーとか、意外と頭弱いな)


 軽く肩を竦めて、****はさっさと歩き出した。


 入学してから、もう何百回と毒舌を浴びせているのに、なぜ未だに慣れないのか……****は、いつも疑問に思う。

 おそらく、他の生徒にもてはやされているから、あの手の非難(もはや罵声)には耐えられないのだろう。****はそう結論づけた。



「……あれは、僕の問題だ。僕が自分で解決する」



 背後から声がした。振り返ると、セブルスが、****を見ていた。その視線を真っ向から受け、数秒見つめ合ったあと、****は、手を伸ばした。



「メリー・マクドナルド。今日の『魔法薬学』、俺とペア組まないか?」


「え?」



 女子と男子の、間抜けな声が被った。****に腕を掴まれた女子生徒が、呆然と****を見上げる。無視されたセブルスも、女子生徒の横にいた女子生徒も、****を見つめている。


 ****は、女子生徒に向けて、ニッと口角を上げた。相手の女子が頬を染める。



「ちょうどいま、スネイプと喧嘩してさ。今日は彼と組みたくないんだ。だめかな?」


「え、ええ、いいわ!」


「ありがとう。――― と、しまったなあ。そうすると、君の相手が一人になってしまうな……じゃあ、やっぱり別の人と、」


「気にしなくていいわ。私、スネイプと組むから。あなたはメリーと組んで」


「……そう? じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、エバンズ」



 スリザリン生として似つかわしくない ――― しばしばそう形容される、人好きする笑みを、****はリリーに向けた。


 その横では、セブルスが、一気に気分を高揚させていた。ついでに言うと、リリーの発言以降、彼の視線と意識は、彼女だけに向けられている。おそらく、メリーどころか、****の存在すらも忘れているだろう。


 まったく、分かりやすいやつ。


 溜め息をついて、しかし、ほのかに笑みを口元に浮かべて、****はメリーを伴って歩き出した。



(……さて。とりあえず、血走った目で杖を構えてるポッターを片づけようかな)

 


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