「……授業に行きたくないな」


 朝食の席で、マイケルがぽつりと呟いた。リンとスイを含め、一緒に食事をしていた面々が一斉に手を止めて彼を見る。テリーに至ってはポカンとしている。


 無理もない、人一倍に成績を気にするマイケル・コーナーが授業を休みたがるなど、三年と少しの時間ともにいるが、いままで一度も見たことがないのだ。


「どうしたの、マイケル。変なものでも食べたの?」


 テーブルの上の料理を見渡しながら、パドマが言った。自分がその料理を食べていないかと心配している風に見えて、スイは思わず吹き出しそうになった。


「うーん……変なものを食べたというより、熱があるとか?」


 リサは顎に手を当てて、まるで視線で体温を測るかのようにマイケルを見つめた。その向かいのアンソニーは「昨日テリーとの取っ組み合いで頭をぶつけてたから、それかな」と首を傾げる。


「……マイケルの調子が悪いことは前提なんだね」


 食事を再開したリンが合間に言うと、全員が「当然」と頷いた。ようやく我に返ったテリーも「もち!」と力強く同意する。マイケルが頬を引き攣らせる。


「君ら、僕をなんだと思ってるんだ……!」


「頭でっかち!」


「がり勉」


「勉強中毒者?」


「成績第一主義者かな」


 みんなが一斉に即答した。ちなみに、テリー、パドマ、リサ、アンソニーの順である。スイがつい吹き出した。彼女がこぼしたクロワッサンのかけらを回収しつつ、リンは、友人たちの態度に身体を震わせるマイケルに声をかけた。


「ちなみに、マイケル、どの授業に出たくないの?」


「……一限の魔法生物飼育学」


 あー……。納得の声がアンソニーとテリーから上がった。飼育学を履修していないパドマとリサは「へー」と気のない返事をして食事に戻る。そんな中、リンは一人「なぜ?」と首を傾げる。マイケルは「なぜって」と呆れ顔をした。


「いまの授業、無理。ひたすら『尻尾爆発スクリュート』と格闘とか、ほんと無理。そもそも何なんだあの生き物。あんな野蛮で凶暴な生物、見たことない。あれを世話することが社会に出て何の役に立つっていうんだ? 意味が分からない。あんなことに時間を費やすなんて……ほかの授業の予習復習でもしていたほうがマシだ」


 壮絶な表情でぶつぶつ言うマイケルを見て、パドマとリサが「私たち飼育学を取ってなくてよかったわね」と頷き合う。ベーコンを飲み込んだテリーが、発言のために口を開いた。


「じゃあ休めばいいだろ」


「ばっか、テリー、簡単に言うなよ! 休んだらそのぶん出席点が減るだろ! そのせいで成績が落ちたらどうするんだ!」


「マイケルなら大丈夫だよ。試験で出席点を完全にカバーできるから」


「っ、な、なんだよ、リン、褒めたって何も出ないんだからな! これ美味いから食えば!」


 出てきたじゃん。ぽいっとパンをリンの皿に投げ入れるマイケルを見て、スイが内心でツッコミを入れた。ほかのメンバーも同じらしい。顔を真っ赤にしてそっぽを向くマイケルと、彼に礼を言ってパン(見覚えがないので、ホグワーツ厨房の新作らしい)をいそいそと頬張るリンを見て、ニヤニヤしている。


 アンソニーが「僕だって試験の成績いいと思うんだけど」とリンに詰め寄って褒め言葉を催促してきたので、リンは「そうだね、アンソニーも努力家だね」と軽く流した。しかしアンソニーは満足したらしく、機嫌よく食事を再開する。


「で、マイケル、授業どうするんだ? 休むなら適当に言っとくけど」


 リンが食後の紅茶を飲み始めたとき、テリーがマイケルに聞いた。マイケルは数秒沈黙したあと、苦虫を噛み潰したような顔で「………行く」と苦渋に満ちた声を出した。


 ほんとうは嫌だけど頼まれて仕方なく怪物退治に向かう RPG の勇者みたいな(と、スイが形容した)表情で授業に向かうマイケルを見て、リンは小さく笑った。


**


 その日の魔法生物飼育学の授業は、歴史に残る恐怖の惨事とマイケルがのちに語るほどのものだった。ハグリッドが生徒たちに「尻尾爆発スクリュート」を散歩させるよう言いつけたからだ。


「こいつらが殺し合いをしちまうのは、エネルギーを発散しきれてねえからだ。ほれ、人間にもよくあるだろが? ちっちぇ弟や妹が手加減できずに兄貴や姉貴に怪我させちまうなんてことが。それと一緒だろうと俺は思っちょる」


「一緒なわけないだろ……」


 マイケルが代表して呻いたが、ハグリッドの意見は変わらず、生徒たちはスクリュートに引きずり回されることになった。とくにマイケルとアンソニーのスクリュートは凶暴で、二人は十分足らずで土まみれのボロボロな姿になっていた。


「……大丈夫?」


「な、なんとか……」


 行く手を遮るように目の前を横切った二匹のスクリュート。その二匹に引きずられてきたマイケルとアンソニーに、リンは声をかけた。アンソニーは力なく返事をしたが、マイケルのほうは屍のようだった。


「……悪夢だ……こいつら、ほんと恐ろしい……」


 身体を起こす気力すらないらしく、マイケルはげっそりとした顔だけを上げ、幽鬼のように呟いた。苦笑するリンの前で、アンソニーがのろのろと立ち上がる。


「リンは……大丈夫そうだね」


「まぁ、ぎりぎり動きが予測できるから、自分の反射神経を頼って対処してる。けど私もそろそろ、」


 突然、リンが担当するスクリュートの尻尾が爆発した。けっこう強い衝撃で、結界が間に合わず、引きずられる。というか、強すぎる力に引っ張られて飛んでいく。周りで上がる悲鳴を耳にしながら、リンはなんとか受け身を取って着地した。


「だっ、大丈夫かい、リン?!!」


「おい無事か?!!」


 アンソニーとマイケルが自分たちのスクリュートを放置してリンに駆け寄った。彼らから引き綱を託されてしまったテリーが悲鳴を上げるのを聞きながら、リンは二人の手を借りて立ち上がる。


「……ちょっと、ハグリッドに抗議してくる」


 にっこりと笑顔で宣言したリンに、二人は無言で道を開けた。リンは、自分のスクリュートとテリーの周りにいる三匹のスクリュートに電撃を食らわせて問答無用に気絶させ、颯爽とハグリッドの元へと向かっていく。


「……訂正するよ。スクリュートより、リンのほうが恐ろしい」


 遠い目でリンを見送りながら、マイケルが呟いた。




**あとがき**
 nana様リクエスト“「世界」主 ifで組み分けでレイブンクローになったら マイケル達との絡みの話”でした。レイブンクローに組分けされていたら、こんな感じに過ごしてると思います。女の子たちの出番少なくて申し訳ない。
 マイケルは「世界」主とポンポン言い合う仲だけど、不意に褒められるとツンデレを発揮してくれるといい。テリーはノリのいいからかい屋で、アンソニーはマイペースさん。パドマはきっぱり物を言う子で、リサは基本おとなしいけどたまに便乗してスパッと物を言う子。そんなイメージです。



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