「………」


 じっと、目の前にある品を見つめる。それはもう、視線だけで穴が開けられそうなほどに。周りにいるほかの客や店員がそわそわと心配そうに見てくるが、気に留めない。ひたすら品を凝視し、思案する。


(……これでいいか)


 内心で呟いて、ひとつ頷く。この品なら彼女のイメージにも合っていると言えるし、値段も手頃だ。ほかに良い候補もない。そうと決まったら会計だ。


 支払いを済ませて品を受け取り、足早に店を出る。外気を吸い込んで、ほっと肩の力を抜いた。妙に身体が強張っている。慣れない店に長くいたからだろうか。しかし、何はともあれ、ひとまず任務達成だ。


 ふうと溜め息をついて、****・アクアは帰路についた。


**


「こんにちは、****」


 翌日の午後。いつも通り湖を訪れた****が木陰に荷物を置いたとき、見知った声が挨拶をしてきた。視線を流すと、予想通りルーナ・ラブグッドが、同じ木の隣面の陰に座っていた。


「……また君か」


 言葉と溜め息が、つい口から漏れた。すぐに口を閉じて視線を逸らし、****は内心で反省する。そんな彼を、ルーナは気にした様子もない。ぼんやりと虚空を見上げている。


「ラックスパートたちはあんたが苦手なのかな……逃げてっちゃったみたい」


「……君のペットか?」


 聞き慣れない単語に、****は眉を寄せた。もしかして普通名詞ではなく固有名詞かと思って質問するが、ルーナは「ううん」と否定した。


「ラックスパートをペットになんてできないもン。まず目に見えないし、耳にふわふわ入ってきて頭をボーっとさせてくる厄介なやつだから」


「……そうか」


 ****は息をついた。まったく聞いたことがない生き物だが、知名度が低いだけなのかもしれない。あるいは、単なるルーナの空想か。だが……空想は、きらいではない。


 小さいころ、水中生物についてたくさん想像を膨らませたことがある。そして、さまざまな水中生物と実際に出会ってきたいまもなお、期待している。自分が思い描いた水中生物も、もしかして世界のどこかにいるのではないだろうか、と。


 だから****は、空想を否定したり蔑んだりはしない。


「……君は物知りなんだな」


 ****が静かに言った。つらつらラックスパートについて説明を加えていたルーナが、しゃべるのをやめた。きょとんと大きな目で****を見つめる。それから、どこかうれしそうに微笑んだ。


「パパがいろいろと教えてくれるんだ」


「そうか……いい父親だな」


 少しだけ目を伏せる。****は、父に何かを教えてもらった経験をあまり持っていない。父が構うのは、****と違って「まとも」な兄たちばかりだ。


「……じゃあ、****、いつかうちに遊びにくる?」


 ぼんやり感慨にふけっていた****に、ルーナが声をかけてきた。瞬きをして、****は意識を戻す。銀色の目と視線がかち合った。


「遊びにきてよ。いつかでいいから。きっとパパ、すごく喜んで、いっぱい話してくれるよ。あたしが招待するはじめての友だちだもン」


 どことなくはずんだ声で言われて、****はパチパチと瞬いた。ゆっくり言葉の意味を解釈する。理解したあと、****は少し迷って、ついと顔を背けた。


「……考えておく」


 ルーナがうれしそうに「うん」と言った。****は無言でネクタイをほどきにかかる。そこでふと動きを止め、思案する。……渡すなら、いまか。


 腰をかがめて鞄を手に取り、なかから小さな袋を取り出す。そしてそれを、ルーナに差し出した。「****、泳がないの?」と首を傾げていたルーナは、きょとんとした。


「なぁに、これ」


「以前、君は俺にクリスマス・プレゼントをくれただろう、そのお返しだ。昨日ホグズミードで買った安物だが」


「もらっていいの?」


「お返しだと言っただろう」


 いったい何を言っているのか。思わず呆れる****の前で、ルーナは目を輝かせた。顔にも、いままで見たことがないくらいの満面の笑みが浮かんでいる。


「ありがとう、すっごくうれしい! あたし、家族以外の人とプレゼントを交換するの、はじめて」


 花を飛ばすような雰囲気で、ルーナは受け取った袋を胸元で大事そうに握る。頬が淡く染まっているし、相当興奮しているらしい。その様子を見て、****は目を細めた。


「****、開けてもいい?」


 不意にルーナが聞いてきた。不意すぎて****は吃驚したが、それを表に出さないよう努めつつ「好きにしろ」と言う。ぶっきらぼうな口調になってしまったが、ルーナはやはり気にしないようだ。うきうきと袋を開封している。


 相変わらず掴みどころのないやつだ。などと思う****の視線の先で、袋の中身を取り出したルーナが、大きな目を丸く見開いた。


「……きれい」


 感嘆の息がルーナの口から漏れた。ルーナはそっと、三日月のチャームがついた銀細工のネックレスを目の高さまで持ち上げた。三日月の下端にはめ込まれた青いストーンが、太陽光を受けて煌めく。


 しげしげとそれを見つめて、ルーナは「これ、ほんとにもらっていいの?」と尋ねてきた。半ば呆然とした調子だ。****は「ああ」と短く頷いた。


「……ありがとう。大事にするね」


 そっと手のひらにネックレスを収めたあと、ルーナは視線をそれに向けたまま、はにかんだ。そのさまを目撃した****は、静かに目を見開いた。


(……そんな顔、できるのか)


 吃驚した。初めて見た。そんな、幸せそうな表情。……それほどプレゼントを気に入ってくれたということだろうか。それなら****も満足、いや安心である。


 ****がじっと見つめていると、ルーナがパッとこちらを見た。****が反応する間もなく、銀色の目が****をとらえ、ぱちりと瞬く。


「……****、そんな顔できるの?」


「………、どんな顔だ?」


「ンン……なんていうのかな。すごく穏やかっていうか、優しい感じの柔らかい表情をしてたよ。はじめて見る顔。あたし思わずドキドキしちゃったもン」


 ……なんだ、それ。****は思った。そんなバカな。自分がそんな表情を浮かべるわけない。しかも彼女相手に。


「………帰る」


 一言こぼして、****は荷物を回収し、踵を返した。驚くルーナの声は聞こえないフリをして、足早に歩く。


(……調子が狂う)


 ざわざわと落ち着かない心中の一角で、思う。ああ、まったく。自分らしくない。遊泳をしなかった休日なんて、初めてだ。




**あとがき**
 喪失21gのアート様リクエスト“彩りのルーナ主で、ルーナにお返しのプレゼントを渡す話”でした。甘く、緩やかに。とのことでしたので、穏やかな空気を心がけました。
 ルーナ主はプレゼント渡してルーナの反応見たら(落ち着かなくなって)すぐ帰っちゃう気がして、空想やら訪問やらの話を入れて長引かせ、ほのぼのした感じを出しました。
 合わないようで妙に波長が合う二人がうまく表現できてたらいいなと思います。あとルーナ主の、現実主義者に見えて意外とドリーミーな感じ。おさかなさんと戯れるひとはドリーミーですよ、きっと。



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