ノットと中庭で話していたとき。見知らぬ生徒に「二人は付き合ってるの?」と聞かれて「いや、そういう関係になった覚えはないけど」と答えたら、ノットの雰囲気が微妙に変わった。それに気づいたリンは目を丸くして彼を見た。

「……ノット? どうした?」

「………」

 返事はせずにリンの手を取って、ノットはまっすぐにリンを見つめてきた。突然のことにたじろいだリンがとっさに引っぱった手は、しかし解放されない。緊張するリンを見据えたノットは「……やはりしっかり言葉にして伝えようと思う」と前置きをして、ぐっと顎を引いた。

「異性として君のことが好きだ。僕と交際してくれ」


**


「は? ノットに告白された? いま?」

 ポカンとした表情が三つ向けられた。発言したのはベティで、ハンナとスーザンは無言でリンを見つめている。リンがうなずくと、ベティが「は?」と繰り返し、我に返ったスーザンが「……付き合ってなかったの?」と掠れた声で言った。

「よく二人で仲良く一緒にいるし、付き合ってるんだと思ってたわ」

「それは単純に、話が合うからしゃべってただけで」

「寮もちがうのに、ほとんど毎日しゃべってたじゃない。それも二人きりで」

「だって君たち、隙あらば会話を邪魔しようとするんだもの」

「二人で校内を歩いてたりもしてたわね」

「廊下で立ち止まって長々と話すのは周りに迷惑だし」

「彼と一緒にいるときは笑顔が多いわ」

「話題が楽しければ笑いもするよ」

 ここまで応酬を繰り広げて、ハンナたちは三人で目を見合わせた。同時にため息をついて、やれやれという顔で首を振る。そんな様子にカチンときて、リンは三人に背を向けた。相談する相手を間違えたんだ、きっと。


「……で、ボクのとこにきたと」

 呆れた顔をしたスイが深々とため息をついた。なにこの子、どうしようもない。傍から見ている者は「あーこの子ノットのことが好きなんだなー」なのに、肝心の本人は何もかもに鈍感だなんて。ひどい話だ。

「……好きだろ、ノットのこと」

「好きかきらいかで考えれば好きだよ。けど、ほかのひとたちにも抱くような“好き”とちがってるのかわからない」

「……ああうんまあなんでもいいけど結局なんて返事したの」

「保留でいいって、ノットが」

 たっぷり三秒ぶんの沈黙ののち、スイは「とりあえず好きなだけ考えつめてみれば」と匙を投げたのだった。


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 付き合って。という声を拾ったのは偶然だった。最後にノットと会った日から数日後、夕食を終えて大広間を出た矢先のことだ。玄関ホールの柱の影から聞こえてきた声に、何とはなしに視線を向けて、リンは足を止めた。

「ヨシノとは付き合ってないんでしょ? だったら私にもチャンスあるよね?」

 このあいだ中庭で話しかけてきた女子生徒だ。ああだから質問してきたのか。なんて考えながら二人を見つめる。すぐそばのハンナたちの声は遠く聞こえる。心臓の音がうるさい。リンと彼は付き合っていない。女子生徒が言った通りだ。だから彼女は告白して、つまり彼女はノットが好きで彼と付き合いたくて、彼女が「ノット」と囁いて静かに手を伸ばしてて。

「……触らないで」

 気づいたら彼女の手をはじいていた。そんな自分に驚く間もなく、周りの景色が変わった。……中庭だ。リンが告白を受けた場所。そう思い当たっとところで冷静になり、リンは肩の力を抜いた。

「……リン?」

「っ?!!」

 勢いよく振り返ると、ノットがいた。いつもは無に近い表情な顔に、珍しくもはっきりとした吃驚が浮かんでいる。沈黙に耐えられなくて手に力をこめ……気づいた。自分がノットの手首を握っていることに。……連れてきたのか。自分が、ノットを。冷静さを欠いているなりに状況を把握して、身体が熱くなった。

「……リン。その……君の行動の意味だけど……僕は期待しても?」

 熱っぽい目が向けられる。その目に耐えられなくて、リンは逃げた。文字通り逃げた。ノットの手を離して、再び瞬間移動をして、寮の自室へと帰った。そして今度こそ緊張の糸を切ってベッドへと倒れ込む。

「えっなに?!! ……えっ、どうした?!!」

 ベッドで惰眠をむさぼってスイが飛び起きて焦った声を出した。しかしリンもそれ以上に焦っていたわけで、説明しようにもうまくいかない。かつてないほど支離滅裂にでたらめに言葉を並べ立てる。

 スイがなんとか事態を推測したところでハンナたちが「あっこんなとこにいた!」と寝室になだれ込み、また一気に騒がしくなる。結界で声量を調整しつつ(客観的な分析コメントがほしいので遮断はしない)、リンはなんだか泣きたくなった。


**


 結局一睡もできなかった。大広間へと向かいながらリンは思った。昨夜の自分が取った行動の意味、つまりノットに対して抱いている“好き”の種類について考察をしていたら寝れなかった。考察に付き合ってくれていたはずのスイやハンナたちは途中で力尽きて朝まで睡眠を取っていたため、いまはけっこうスッキリ起きている(アーニーとジャスティンは、二人で何やら語り明かしたらしく、リンと同じく寝不足だ)。

「……頭いたい」

 ついでに熱っぽくて身体もダルい。呟くと、スーザンが医務室に行くかと気遣ってきた。しかし、せっかく出せた結論をノットに伝えるまでは意地でも寝れない。幸い今日は休日、気持ちを伝えたあといくらでも寝ていられる。

 片目をこすりながら大広間へと足を踏み入れ、そこで「リン!」という声が飛んできた。視線を向けると、探し人が早足で近づいてくる。ハンナたちが気を利かせて離れていく(ジャスティンは例のごとく失神させられた)。

「……リン、」

「このあいだの告白の返事、いましてもいい?」

 ノットが話をはじめるまえに先に言う。ノットは目を丸くしたが、大丈夫だと許可をくれた。それに安心しつつ、リンは息を吸い込んだ。

「昨晩の一件を機に、一晩、死ぬ気で考えた。私は、……えっと、君がほかの女の子に恋愛感情を抱かれるのが気に食わないし、君がだれかと私より、その、恋愛的な意味合いで仲良くなるのがイヤだと思った。……から、たぶん私は君のことが好きなんだろうって結論に達した。ので、………その、」

「……僕と、付き合ってくれる?」

「うん、それ」

 だんだんわけがわからなくなってきて、最後はノットの助け舟(あとでスイから聞いた話だと、声が震えていたらしい)に乗った。途端にノットの目が輝いて、リンが何かを思う間もなく、リンの身体はノットの腕のなかに閉じ込められた。

「……幸せにする」

 耳元でした声に、ぼんやりと「うん」と返す。直後、周りで音が爆発した。歓声と拍手、悲鳴や絶叫。のちに教えてもらったところ「先生たちはハグリッドとスネイプ以外は微笑んで、リンのファンは絶叫して、ノットのファン(?)も悲鳴を上げて、その他は『嘘だろ』って愕然とする者やら『めでたい』ってはしゃぐ者やらいろいろ」だったらしい。

 うるさいし、頭にも響く。とりあえず「眠い」と呟いたリンは目を閉じた。ノットが「僕が責任を持つから、寝ていい」と言ってくれたので、言葉に甘えて意識を沈ませた。



**あとがき**
 紅麗様リクエスト“ノット甘夢”でした。詳しいご希望(設定)に従って執筆させていただきましたが、細かいところで勝手に変更させていただいた箇所があります。その点お気に召さないようでしたら、ご連絡ください。書き直してみます。
 こういう王道話もアリだなと思いながら書きつづってました。楽しかったです。夢主が知恵熱を出す日なんて一生に何度あるかだと思います。
 アーニーとかジャスティンとか男性陣の影がものっそい薄いのが無念。あと場面が変わりすぎてカオス。わかりづらい。ごめんなさい。



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