「リン、その手紙、ビルから?」


 朝食の席にて郵便を受け取ったリンに、ななめ向かいのベティが聞いた。ニヤニヤ笑う友人をスルーして、リンは手紙をしまい、食事を再開する。フクロウがやってきたところから一連の動作を隣で見ていたハンナが、そろりと口を開いた。


「……ビル、よね」


「ほら、やっぱり!」


 ベティが歓声を上げた。「月一ペースで手紙とか、リンってば愛されてる〜」と冷やかし付きだ。スーザンが諌めるが、彼女の頬も実は緩んでいる。


「まめなひとよね、ビルって。お仕事で忙しいでしょうに」


「リンの言葉で疲れも吹き飛ぶってやつじゃないの?」


「わぁ、ロマンチック」


 きゃっきゃとはしゃぐ女子三人を見て、スイは呆れ顔で尻尾を振った。ティーンエージャーって、ほんとうに恋バナが好きだなぁ。しみじみと思う。当のリンは無言で食事を進める。


「すごく理想的な恋人よね〜。かっこいいし、頭もいいらしいし、なにより優しい!」


「ほんと。だって彼、リンの見送りとか出迎えのために、毎回キングズ・クロス駅に来るもの。ついこの間のクリスマス休暇もそうだったし」


「それにリンを見る目が優しくて、見てる私のほうが恥ずかしくなっちゃう」


「ね。自分を振った女子にそこまでできるひとってなかなかいないわよね〜」


 若干トゲを含んだ声でベティが言った。スイが見上げると、声だけでなく視線にもトゲがあった。向けられているリンは平然としているが。彼女が何か言うまえに、ジャスティンがようやく発言した。


「告白を断ったのはリンの非ではないでしょう。むしろ最善の行為だったと思いますよ。いい加減に受け入れたりするのではなく、真摯に向き合ったのですから。それにも関わらずリンに無駄なアプローチを繰り返すあの男のほうがどうかしてますよ。リンが迷惑していることに気づかないなど、なんて愚鈍で図々しい人間でしょうか」


「黙ろう、ジャスティン! うん! この場が炎上するまえに黙ろう!」


 つらつらと語るジャスティンの口を、アーニーがナプキン越しに手で塞いだ。ふつふつと怒りを煮えたぎらせていたベティのほうには、スーザンとハンナがフォローに入る。修羅場かとスイは首を傾げた。


 そんなスイをひょいと抱え、リンは立ち上がり、騒がしい友人たちを放置して寮の自室へと帰っていったのだった。



 ――― そんな会話をした日から、三か月が経った。あれ以来、リンはビルからの手紙を受け取っていない。おそらく銀行の仕事や騎士団の仕事が忙しいのだろう。あるいは、O・W・L を控えたリンへの配慮か。いずれにせよ、緊急事態でない限りは連絡する必要性を感じないということで、リンも手紙を出していなかった。


 淡泊なリンを、友人たちは事あるごとにそわそわと心配そうに見やる。ジャスティンだけは「あの男もやっとリンが迷惑していることに気がついたのですね」と満足げだったが。


 その状況がさらに二か月続き、O・W・L も魔法省での騒動も終わった現在も、ビルからの音沙汰はなかった。いや、一通だけ、魔法省の騒動のあとに見舞いカードが来たが。しかしそれほど分量がなかったし、いつも書いてあるはずの愛の言葉もなかったので、ノーカウントだろうとスイは思っている。


 そうこうしているうちに、あやふやな状態のまま学期が終わった。いつも通りホグワーツ特急に乗ったスイは、リンと二人きりのコンパートメントのなかで、指先で頬を掻いた。


 リンの希望により、珍しく貸切りだ。心置きなくしゃべることができるのだが……なんというか、しゃべりづらい。リンは窓枠に頬杖をついてぼんやり風景を眺めていた。なにを考えているのかは、スイにはなんとなく分かる。


「……ビルは、今回も出迎えてくるのかな」


 それとなく言うと、リンは瞬きをし、窓の外を見つめたまま「そうじゃない?」と呟く。スイは息をつき、いままでにリンと交わした会話を思い返した。


 何度か、ビルの愛は迷惑かと尋ねたことがある。最初リンは遠回しに肯定したが、月日が経つうちに「迷惑ではないけど少しとまどう」「けっこう慣れてきたけど気恥ずかしい」「恥ずかしいけど、なんか、あったかい」と回答が変化してきた(途中からスイは感涙だった)ここまで情を育んだビルがすごすぎる。


 また浮かびそうになった涙をこらえ、スイはリンを見た。相変わらず窓の外 ――― 具体的にはロンドンの方角を見つめている。その手は、無意識に首元へと伸び、いつかにビルからもらったネックレスに触れていた。分かりやすいぞ、リン。スイは思わずにやける表情筋を引き締めた。


「……リン、そろそろビルに告白しなきゃだな」


 自覚させるつもりで言う。リンははじかれたように顔をスイへと向けた。丸くなった目と、ぱちりと目が合う。珍しくリンのほうが視線を外した。その顔が、じわじわと赤くなっていく。


 ぎゅううとネックレスを握りしめて「……う、ん」とぎこちなく呟いたリンに、スイは思わず「くそかわいいなこのやろう」と呟き返した。



 キングズ・クロス駅に到着して、リンはホームに降り立った。視線を巡らせるが、探し人の姿はなかった。リンの肩が少しだけ下がるのを、スイはしっかり感じた。


 心配そうな友人たちに手を振って挨拶をし、リンは歩き出した。彼がいないならいないで、さっさと帰ろう。べつに迎えがなくとも、瞬間移動すればいいだけだ。


 ……そう分かっているのに、リンはなぜか歩いていた。きょろきょろ辺りを見渡しながらゆっくり歩くリンに、スイがにやけ顔を隠すために口元を手で覆う。それでも我慢できず、スイの身体が震える。そのとき、リンがだれかにぶつかった。スイが転げ落ちかけ、慌ててリンの服につかまった。


「ご、ごめんなさい」


「おかえり、リン」


 謝罪しながら顔を上げたリンは硬直した。リンの身体を抱きしめるように支えていたのは、ビルだった。頬が薄く染まる。ビルは相変わらずの余裕そうな雰囲気で、リンを見下ろす。


「いまだれかを探してたみたいだけど、だれを探してたんだい? まさか俺とか?」


「…………」


「なんてね、冗談……、え、リン?」


 ゆでだこのごとく顔を赤くしたリンを見て、ビルが目を丸くした。混乱したように「え、え? まさか、ほんとうに?」と呟く彼の顔も、だんだん染まっていく。意外と純情だったかと思いつつ、スイはリンのトランクの上へと移動した。


「……やばい。どうしよう。すごくうれしい」


 好きだよ、リン。なんて囁きながら、ビルはリンを抱きしめた。リンは身体を跳ねさせたが、大人しく抱きしめられた。


「クリスマス明け以降、すごく君が恋しかった。忙しくて手紙を出せなくて、しかもリンのほうからの手紙もなくて、俺すごくへこんだ」


「忙しいのにご迷惑かと思って……でも、出せばよかったって、後悔してます」


 暗に自分も寂しかったと伝えるリンに、ビルが抱きしめる力を強めた。


「だからどうしてそう、思わせぶりなこと言うかな……俺、都合よく勘違いしちゃうだろ」


「……勘違い、してほしいです」


 ぎゅっと拳を握りしめたリンが、消え入りそうな声で返す。それを聞いたビルが、驚いた顔をしたあと、意味を理解して、幸せいっぱいな表情を浮かべた。――― その瞬間、遠くで重いものが落ちる音がした。スイは視線を向け、人混みの向こうの一か所に焦点を合わせ、瞬いた。


 祈るような体勢で両手を握りしめ、涙を流すハンナ。その横でニヤニヤするベティ。その隣に、涙目で微笑みを浮かべるスーザン。さらにその奥で、まるで世界の終わりに瀕しているかのような凄絶な表情で立ち尽くすジャスティン。アーニーが懸命に声をかけているが聞こえていないようだ。ちなみに彼の足元にはトランクが横倒れになっていた。


 あちゃあ。スイは力なく笑った。そのまま視線をリンたちに向ける。あいにくと自分たちのことで手いっぱいらしく、ギャラリーには気づいていないようだった。スイはもう一度ジャスティンたちを見て、またリンたちに視線を戻し、尻尾を揺らした。


(……とりあえず、リンが幸せそうならいいや)




**あとがき**
 紅麗様リクエスト“ビルさん甘夢+@”でした。詳しい希望設定がありましたので、そちらを参考に執筆させていただきました。指定から外れてもかまわないとのことでしたので、少しアレンジして、このような感じにいたしました。アタックのあたりの描写が少ない挙句けっこう無理やりまとめた感がつよいので、気に入りませんでしたら申し訳ないです。
 穴熊寮レギュラーが過程を見守るということで、前半で彼らがでしゃばってしまい恋愛要素薄かったですが、後半は甘くできたんじゃないかなと思います。
 余裕綽々で攻めるイケメンなビルが sincere のなかのイメージですが、たまには純情な面が見えるといいな、なんて。そんなことを考えながら執筆しました。全体的にいつもの「世界」とちがう雰囲気で書けて楽しかったです。

 ……あれ、冷静に考えたら、もしかしてこのリクエスト、付き合った後の話を希望だったのか? え、紅麗様、もし交際後の話を希望でしたらご連絡くださいませ! 書き直します!



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