「ミス・ヨシノ、ダンブルドア校長がお呼びですよ」


 四年生に進級して最初の一週間が過ぎようというころのことだった。いつも通り夕食を終えて寮へ帰ろうとした矢先に、寮監のスプラウトに呼び止められ、リンは瞬いた。


 このパターンは以前にも一度経験したことがある。あのときは吸魂鬼云々の話だったが、今度は何の用件だろうか……。疑問に思いながら、リンはスプラウトに承知の旨と礼を述べ、友人たちに詫びを入れ、スイを連れて校長室へと向かった。


(……早く切り上げて帰って、寝たいなぁ)


 なんて思いながら、ガーゴイル像に合言葉を言って校長室に入る。今回はちゃんと部屋の主がいた。室内を歩き回って考え事をしていたらしい。邪魔したかと思ったリンだったが、気にするなと微笑まれたので、気にしないことにした。


「ダンブルドア先生、本日はどのようなご用件で?」


 リンが単刀直入に尋ねると、ダンブルドアは「それなんじゃがのぅ……」と溜め息をついた。言葉も尻すぼみである。また何か悪い知らせだろうか。首を傾げるリンを、ダンブルドアがまっすぐ見つめてきた。


「リン、今年度も『占い学』を継続履修してはくれんかの?」


「え、いやです」


 沈黙が降りた。誰も何も言わない。リンもダンブルドアも、校長室にかかっている絵画の主たちも、そろって無言を貫く。リンの肩の上で、スイはそわそわした。なんだろう、この気まずい空間……。


「……すみません。建前より先に本音が出てしまいました」


 微妙な沈黙を破ったのは、リンだった。その口から出てきた言葉を聞いて、スイは呆れた。謝罪する気持ちがまったく感じられない。しかし、ダンブルドアは気にしない様子であった。


「ふむ、そういう時もあるじゃろうな」


 うんうんと頷いて、ダンブルドアは「とりあえず、お座り」とソファを指差した。リンは瞬きをして、ソファに腰かけた。それからダンブルドアも向かいに座り、杖を一振りして紅茶のポットとカップを用意した。


「『占い学』の授業を取りたくない理由を聞いてもよいかな?」


 紅茶をカップに注ぎ、リンとスイに差し出しながら、ダンブルドアが礼儀正しく首を傾げた。カップを受け取ったリンは、首を傾げ返した。


「取りたくないというか、受講する必要性を感じません。占いなら日本式のほうが馴染み深いし、英国でもそれで充分通用します。実際、歴代のヨシノの方々も受講していないと思いますが、ダンブルドア先生はなぜ私に受講を勧めるんですか?」


「トレローニー先生が君の受講を切望しておってのぅ。君に履修させるよう、わしに何度も要求してくるのじゃ」


「そうですか。ご愁傷様ですね。がんばってください」


「リンが受講してくれれば丸く収まるんじゃがのぅ」


「すべては収まりませんよ? だってそれだと私は不本意で受講してる形になりますから。丸く収まるのはダンブルドア先生とトレローニー先生の間だけです」


(おいおい)


 内心でツッコミを口にして、スイが尻尾でリンの腕を軽く叩いた。ちょっと失礼な態度だろ、校長に向かって……。そんなスイの胸中を察していないのか無視しているのか、リンは平然と紅茶を飲む。


 一方のダンブルドアは楽しそうだった。リンの言葉に「なるほど」と相槌を打って、膝の上で両手を組む。その顔に浮かんでいる微笑みには隙がないと、スイは感じた。これは、リンを説得しにかかるのかもしれない。


「リンはトレローニー先生が嫌いかの?」


「好きか嫌いかで答えるなら、たぶん、若干嫌い寄りです」


「具体的にはどのあたりに嫌いな要素があるのかの」


「特定の人物に対して大げさに深刻な予言をし、劇的に振る舞うところ、ですかね」


「ふむ。それはトレローニー先生のアイデンティティじゃな」


「そうですね。だから無理に直してほしいとは思いません」


 性質が合わない以上、こちらから適度に距離を取るだけである。そう述べたリンは、またカップに口をつけた。紅茶を飲んで視線を上げると、眉を下げたダンブルドアと目が合った。


「のう、リン。どうしても受講は嫌かの? 『占い学』も立派な授業の一つじゃから、履修すれば必ず何か得るものがあると、わしは思うのじゃが」


「? ダンブルドア先生は、校長職に就いたのち、一時期『占い学』の科目を廃止することを検討していたのでは?」


 ……は? とスイが固まり、ダンブルドアも静止した。リンは至極不思議そうにダンブルドアを見つめている。数秒のち、瞬きをしたリンが口を開いた。


「えっと、祖父から以前そのような話を伺ったのですが」


「……そうか……それは、思わぬ伏兵じゃのぅ」


 はぁ、ダンブルドアは溜め息をついた。珍しい光景だとスイは思った。こんなにがっくりしたダンブルドアは見たことがない。リンのほうも同じような気持ちらしく、瞬きもせずにダンブルドアを見つめている。


 ふぅと再び溜め息をこぼして、ダンブルドアは顔を上げた。それを見て、リンがようやく瞬きをする。スイも、無意識にピンと立てていた尻尾を下ろした。


「リン、もう一度だけ聞かせておくれ。『占い学』を履修してはくれぬか?」


「素直に言わせていただくなら、いやですね。先ほど述べたように必要性を感じませんし……ぶっちゃけ、トレローニー先生の授業めんどくさいんですよね」


 どこか気だるげなリンの返答に、スイは失礼を通り越して感嘆を覚えた。それほどに正直すぎる言葉であった。ダンブルドアも、勝機はないと感じたらしい。元気なく「そうか……」と呟き、話は以上だと締めくくった。


 さっと立ち上がるリンの肩に乗り、スイは尻尾を振った。校長室のドアが閉まる直前に見えたダンブルドアは、はぁ……と深い溜め息をついていた。


「あそこまでダメージ与えるなんてすごいね、リン」


「うん」


「あんなダンブルドアの姿を見るなんて、ボク想像もしてなかったよ」


「うん」


「ていうか、君のおじいさんとダンブルドア、面識あったんだね」


「うん」


 スイは瞬いた。おもむろに手を上げ、ぺちりとリンの頬を叩く。物静かだったリンの目が、少し開いた。ぱちりと瞬いて、スイを見てくる。スイは溜め息をついた。


「……リン、もしかして眠いの?」


「え? あ、うん、実は」


「……もしかして、ダンブルドアと話してる最中から眠かったり?」


「あー……途中ぼーっとしてたかなぁ。あと全体的に、考えて発言するの面倒で、かなり考えなしに正直にものを言ってた節はあるかも」


「………」


 なるほど。スイは心の中で呟いた。やけに直球でものを言うと思ったら、眠かったのか。眠気がダンブルドアとの舌戦の勝因(?)だと思うと、なんだか複雑である。


 そんなことを悶々と考えながら、スイはリンの肩の上で揺られる。リンは本格的に眠いのか足早に歩いていて、いつも以上に揺れを感じるスイであった。




**あとがき**
 うさぎ様リクエスト“世界主で、ダンブルドアの狸っぷりに勝つ?話”でした。ダンブルドアの狸っぷりの描写に苦戦いたしました。無事に成功しているか不安です……。
 腹の探り合いとか屁理屈だとダンブルドアに勝てない気がしますが、超素直な本音だったら勝てるかな、と思いまして。こんな形にさせていただきました。人間すなおが一番です。
 リンの祖父はダンブルドアとホグワーツ時代の同級生で、けっこう仲が良い。というか、腐れ縁みたいな。悪友ですか? そんな設定だったりする。本編でまったく出せておりませんが。いつか出したい設定です。



Others Main Top