| ホグワーツを戦場とした最終決戦が終息し、ひと月ちょっとが経った。魔法界は「平穏」とはまだ表現できないものの、だいぶ落ち着きを取り戻しつつある。
とはいえ、リンが身を置いている場所は、落ち着きなく慌ただしい空間であった。分かりやすく言うと復興中だ。闇の陣営との戦いで破壊されてしまった「隠れ穴」を、みんなで再建しているのである。
最終決戦のあと、リンはイギリスに留まっていた。ナツメが放浪の旅に出てしまって住居はないも同然となり、本家に身を寄せるかイギリスで一人暮らしをするか迷っていたとき、ウィーズリー家から「うちに居候してはどうか」と誘われたのだ。彼らの熱意に負け、遠慮なくこき使ってもらうことを条件に同意し、いまに至る。
「なんだか変な気分だよね」
リンが風を起こして埃を吹き払い始めたとき、スイが不意に呟いた。窓の外へと埃を追い出しながら、リンが「なにが?」と首を傾げる。スイはマスクをずらした。
「まさか、リンが本格的に『隠れ穴』に住み始めるなんてさ。想像もしてなかったじゃない」
「うーん……次の住居は『穴』っていうより『塔』になりそうだけどね」
「だからなんでそうズレたコメントを返すのさ君は」
スイが溜め息をつく。リンは小さく笑い、風を止めてマスクを外した。ちょうどそこで、部屋の戸が開いた。モリーが顔を覗かせる。
「お疲れさま、リン、スイ」
「お疲れさまです、モリーさん、こちらの一部屋は完成しました」
「あら、ありがとう。ちょうどよかったわ、これから昼食にするところよ」
いらっしゃいなと手招きをされ、リンは頷いた。部屋の戸を閉めて、まだ木目の新しい階段を降りていく。雑多な物置になっている居間を通り抜け、庭に出る。ほかのみんながテーブルに集まっていた。今日も立食スタイルらしい。
「おう、リン、スイ、遅いぞー」
ジョージが真っ先に気づいて声をかけてきた。ほら食えよと皿とフォークを差し出してくる。リンは礼を言って受け取った。スイがテーブルの上へと飛び移る。
「スイ、これ食べる?」
「食べる。ありがと、ジニー」
ベリーを両手で持ち、スイは尻尾でジニーの腕をちょんとつついた。ジニーがクスクス笑う。その光景を見て、リンは頬を緩めた。
「うれしそうな顔してるな、リン」
チキンを頬張ったジョージがニッと歯を見せる。食べながら話すのはやめるよう注意しつつ、リンは「まぁね」と笑みを浮かべた。
「私や母さん以外のひととスイが話をするなんて、想像したことなかった……まさか受け入れられるとも思ってなかったし」
「そうか?」
「ふつう、猿がしゃべるとは思わないでしょう?」
「まあ、そりゃあ最初に告白されたときは驚いたけど。でもけっこうすんなり納得できたぜ? なにせリンの相棒だしな」
どういう理屈だ。呆れるリンへと、サンドイッチにかぶりついたジョージはウインクした。今度は口の中を空にしてから言葉を発する。
「どっちにしろ、気味悪がったりはしなかったって。蛇語を話せる人間がいることを思えば、人語を話せる猿がいたって変じゃないだろ?」
「なにより、リンの大事な家族だし、ね」
「そうそう」
ひょっこりと参入してきたジニーの言葉に、ジョージが笑顔で頷く。リンは目を丸くして、しばらく二人を見つめたあとホッと息をついた。
「ウィーズリーの人たちって、ほんと、あたたかいよね。私が知ってる家庭のなかで一番あったかい」
「そうか? 始終あったかい人間ばっかじゃないぞ? 権力に目がくらんで家族を棄てた冷血漢とかいたし」
「あー、そういえばいたわねー、なかなか真実に気づかない馬鹿な男が一人」
「……う、」
サンドイッチを取りに近くにきていたパーシーが、弟妹のセリフを耳にして固まった。だらだらと冷や汗をかいている。彼の隣にいるチャーリーが、心配そうな目で弟妹たちを順に見比べた。
じとーっと半眼でパーシーを見つめる(睨みつける)二人組を横目で見て、スイが尻尾を振り、リンが思案する。沈黙のなか、見かねたチャーリーが苦笑して間に割って入った。
「何度も言うけど、もういいじゃないか、パーシーは帰ってきてくれたんだから」
「甘いわ、チャーリー! そうやってすぐ許しちゃだめよ! こっちだって何度も言うけど、このひとのせいでどれだけママが泣いたか、私は忘れちゃいないわ!!」
バンッとテーブルを叩いて、ジニーは兄を指差した。パーシーは飛び上がって、わたわたとずり下がった眼鏡を上に押し上げる。
「わ、悪かったと思ってる! 反省してる、ほんとに、心の底から!」
「反省して然るべきよ……っ!!」
迫力ある凄みをきかせて、ジニーは兄を睨んだ。パーシーが「ひっ」と身体を竦ませる。チャーリーも思わず後ずさった。親父とおふくろにそっくりだと笑い、ジョージが呑気にジュースを飲む。助ける気はなさそうだ。
ふーっと猫のように威嚇するジニーの傍に歩み寄り、リンは彼女の肩に片手を乗せ、もう片方の手で彼女の背中をポンポン叩いた。そうして、青白い顔のパーシーを見上げる。
「……大丈夫だよ、ジニー。たしかにパーシーは、」
「大バカヤロー」
「……うん、それだったけど。でももう間違えないと思うよ。彼はちゃんと学べるひとだもの。ジニーも知ってるでしょう、彼は賢い。だから、もう間違いは繰り返さないよ」
にこりと笑いかける。内心では、ジニーが「そんなきれいごとじゃ片づかないわ!」などと暴れ出しはしないだろうかと冷や冷やしているが、おくびにも出さない。
ドギマギしていると、ジニーが身体の力を抜いた。不満げに半眼でパーシーを見つめてはいたが、何も言わずにフンと鼻を鳴らして食事を再開し始める。パーシーとチャーリーは安堵の息をついた。
「……あらら。やっちまったね、リン」
「なにが?」
アップルジュースを飲み干したスイが、リンを見上げて肩を竦めた。リンは首を傾げる。やってしまったとは、何をだ。もしかして発言がまずかったのだろうか。そう尋ねると、スイは「ちがうちがう、逆」と首を振った。
「さっきの君の言葉に感涙して、モリーとアーサーが向こうのテーブルで、君を本格的に家族にする計画を立て始めてるの」
このままだと、そのうち息子のだれかと見合いさせられるぞ。呆れ顔のスイの言葉に、リンはぴしりと固まった。
**あとがき** 悠様リクエスト“「世界」でもしも夢主がウィーズリー家に居候することになったらという話”でした。迷いに迷った末、こんな設定の話になりました……。在学時だと原作のハリーと同じく、ただのお泊まり会みたくなっちゃうので。 一応、原作通りにフレッドは亡くなっている感じに書きました。実際「世界」で彼がどうするかは考えていませんが。そのほかの要素も、ちらほら変わるかも。 ウィーズリー家の夢になっているのか……あまり絡んでいない気が……。女性陣と一部の男性陣しか登場してないし。でもビルは「貝殻の家」でバタバタしてるだろうし、ロンはハーマイオニーのところにいる設定。
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