「リンさー、セドリックに惚れてんだろ」

 頬杖をついたエドガーから発された言葉に、リンは硬直した。談話室にて、たまたま単独行動していて、エドガーに「暇つぶしにチェス付き合えよ」と引きこまれた矢先のことである。

「……惚れてる、とは」

「そのままの意味だけど。おまえセドリックに恋愛感情もってるだろ」

「………」

 リンのポーンがはじき飛ばされる。エドガーは「なんとなく、見てて気づいた」とつけ加えて、ふと瞬きをして「うわ、次で俺の負けじゃん」と呻く。数秒じっと沈黙した後、リンはのろのろと指示を出し、チェックメイトをかけた。

 あーあ、負けたかー、せっかく不意をついたのに。悔しそうにぼやくエドガーに、何を言おうか迷う。そんなリンの様子に気づいたエドガーは、椅子の背に身体を預けた。まっすぐな視線がかち合う。

「好きなんだろ? 告白とかしねえの?」

「……告白……?」

 リンは首を傾げる。なんのためにと問わんばかりの表情を見て、エドガーが「おまえな……」と呆れ顔をした。恋愛初心者だとは思っていたが、無知にも程がある。

「気持ちを伝えるっつーこと。好きです、付き合ってくださいってな感じに」

「それは……べつに……私、報われなくとも充分ですし」

「は? なんで」

「だって、想い想われ隣にいる姿だけが『好き』の形じゃないでしょう。つまり……そうですね。たとえ相手が自分以外のひとを想っているとしても、相手が幸せならそれで満足できるかと」

「できないな、ふつう」

 スッパリと否定すれば、リンは目を瞬かせた。できないのかと視線だけで器用に問うてくる。エドガーは「ンー」と渋面をつくった。果たしてうまく説明できるだろうか。というかなぜ自分がこんなことをしなくてはいけないのか。

「あー、なんつーか……人間って欲張りなんだよ。最初は満足できてても、だんだんと焦がれてくる。恋愛ごとだととくに『もし』を考えちまうんだよな」

「……はぁ」

 よくわからないという表情を浮かべるリン。まあこいつ欲とは無縁そうな顔してるけど。なんて思うエドガーである。この少女がなにか欲らしいものを見せたところなど、エドガーは見たことがない。強いて言うなら知識欲くらいか。つくづく浮世離れしたやつだ。いやルーナには負けるけど。待てこれどうでもいい。

 がしがしと後頭部を掻いて、思考をいったん止めて軌道修正にかかる。いま何の話してたっけ。ああセドリックに告白するかしないかだ。

「……俺は、告白したほうがいいと思うけどな」

「なぜ?」

「そのほうが自分の気持ちの整理もつくだろ。それに人生なにが起こるかわかんねえんだし。気持ちってもんはさ、言えるときに言っておくべきだ」

「……なるほど、一理あるかもしれませんね」

 しみじみとした風情でリンが頷く。それから視線をすこしさまよわせて何やら考えて、またちらりとエドガーへと焦点を戻してきた。頬がすこし赤い。

「……告白って、どうやるんでしょうか」

「知るか」

 エドガーの頬がちょっぴり引き攣った。無知にも程がある。そんだけきれいな顔してるんだから、一度くらいは告白された経験あるだろう。ストレートに問えば、リンは「……ありませんが」と返す。エドガーはびっくりした。

「は? ……あー……ないかもな……」

 冷静に考えたら、こいつの周り虫よけすごかったな。エドガーの脳裏に何人かの顔が浮かぶ。なんだか頑丈にガードされてそうだ。無知なのも道理、仕方がないかもしれない。

「苦労すんな、おまえ……」

「はぁ……それで、エドガー、どうやればいいんですか?」

「女子に聞けよ」

「いやです。ぜったい興奮して騒ぎ立てるに決まってます」

「むしろ騒いでもらえよ。その勢いでセドの耳に届いたらシメたもんだ」

「なんでそんな羞恥に堪えないことをしなければならないんですか」

 恥ずかしいからいやだと突っぱねるリンだったが、エドガーに「でもおまえそんくらい勢いつけねえと言えねえだろ、どうせ」と言われ、言葉を詰まらせた。変なところで臆病な面があることは、自覚しているらしい。

「……それでも、騒がれるのはいやです」

「んなこと言われてもなあ」

「それに、女子と男子では理想がちがうでしょう。彼にどんな告白が向いてるかなんて、女子に聞いてもわかりません」

「俺だって知らねえよ。セドじゃねえんだから」

「………」

 エドガーが正論を口にすると、リンは口をつぐみ、無言でエドガーを見つめてきた。すがるような上目遣いで(潤んでるように見えなくもない)。エドガーの心臓が跳ねて、腕が咄嗟にソファのクッションをリンの顔面に投げつけた。

「っんなあざといテクどこで習ってきた! 心臓に悪いわ! そんな魅惑的な子に育てた覚えねえぞ!」

「育てられた覚えないです」

 難なくキャッチしたクッションをローテーブルの上に置きながら、リンが言った。淡々とした声音と不機嫌そうな表情からは、先ほどの不思議な魔力は感じられない。エドガーは内心で安堵した。

「いいか、そういう顔は好きなやつのまえでだけやれ」

「そういう顔?」

「あ、そうだそれやれよ。いまの顔で告白しろ。確実に落とせる」

「どんな顔ですか?」

「すがるような上目遣い」

「なにそれ気持ち悪い……」

「いまおまえがやってた顔だろが」

 引いた目をするリンに、ぴしゃりと言う。リンは「そんな顔してました?」と自分の顔をぺたぺた触る。妙なところでガキっぽい仕草をするやつだ。なんだろう疲れてきた。

「とにかく、自分の好きなように言えよ。ごちゃごちゃ考えずにストレートに気持ちぶつけたほうが伝わるし。おう、そんな感じだ。以上」

 強引に締めくくって、エドガーはチェスを片づけにかかる。まだなにやら相談したそうなリンには気づかないフリで流す。こいつの恋愛相談やだ。疲れる。



**あとがき**
 ゆず様リクエスト“IF「世界」主がセドリックのことが好きで、エドガーに恋愛相談する”でした。
 どんな感じの相談内容にしようか迷って、結局こんな話になりました。あんまりセドリック夢の要素がなかった……彼のどこが好きか話してもらうつもりだったんですが、「どこが好きか、自分でもわからない」になるか、すんごい惚気になるかだったので、ちょっとパスで。結果ご希望にそえていなかった場合は申し訳ない。連絡ください。



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