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バチャスペ
- ナノ -


「エプロン姿の妻が朝食の香りとともに自分を起こしにきてくれるって、最高」


 ベッドに寝転がっていたビルは、そう言ってにこりと笑った。言われたリンはパチクリ瞬き、首を傾げて「はぁ」と適当な相槌を打つ。とりあえず朝食が用意できた旨は伝わったようなので、さっさと去ろうか。


 踵を返しかけたところで、リンは背後から腕を取られた。そのままぐいと力強く引かれて、耐えきれずにベッドに倒れ込んだ。沈む感触を全身で感じたとともに、視界に鮮やかな赤が入ってくる。


「……っ、ちょっと、ビル、」


「大事な旦那を放置して部屋を出ていこうとするなんて、ひどいな、リン」


「だ……って、朝食、」


 がぶり、喉を甘噛みされた。夫の身体を押しのけようとしていたリンは、思わず息を呑んで身体を跳ねさせる。ビルはクスクス笑いながら、リンの首筋に鼻先を擦りつけてきた。


「リン、朝ご飯の匂いがする」


 グレープフルーツはデザート? それともドリンク? そんなことを聞きながら、ビルはリンをぎゅうぎゅうと抱きしめた。というか、のしかかってきた。もちろん加減はしてくれているのだろうが、それでも少し重い。


「おもい、です」


「リンに対する俺からの愛の重みだから、がんばって受け止めてよ」


「またわけ分かんないことを……」


 呆れ気味に溜め息をついたリンの唇に、ビルが自分の唇を押し当てた。目を見開いたリンと視線を絡めて、ビルは唇を離して、そこに笑みを浮かべた。


「おはようのキス、まだもらってなかったと思って」


「そ……っんなもの、するなんて言ったことありません!」


 けろりと言い訳するビルに、顔を真っ赤にしたリンが、パッと手に触れた枕を投げつける。軽々と片手で受け止めて、ビルは「寝転がってる体勢で枕を投げるとか、リンはすごいな」と首を傾げた。リンはキッと目尻を吊り上げた。


「ばかなこと言ってないで、早く退いてください!」


「んー……わかった」


 逡巡したのち、ビルは再びリンの腕を取って引いた。予想以上の力で引き寄せられ、またもやリンは前方に倒れ込む。超能力を発動させるより早く、ビルに抱き留められた。


「……何度も俺にされるがままとか、かわいい、リン」


「………ばかにしないでください」


「喜んでるんだよ。あと『かわいい』は褒め言葉」


 ご機嫌な様子で、ビルは、正反対に不服そうなリンの頬にキスを落とした。どさくさに紛れて、リンを囲い込むように足を回し、しっかりと全身でリンを抱きしめている。これは、超能力を強引に使用しない限り逃げられそうにない。


 リンは溜め息をこぼした。リンの頭に頬を寄せているビルの髪へと手を伸ばし、梳くように撫でてみる。相変わらずのきれいなサラサラヘアーであった。


「……そろそろ行かないと、朝食が冷めちゃいますよ」


「リンの料理は冷めてもおいしいから大丈夫だ」


「そういう問題じゃなくて」


「もう少しだけ。いいだろう? 今日は俺、休みなんだから」


 ぎゅうと、さらに力をこめられて、リンが折れた。身体の力を抜いて、ビルに身体を預ける。ビルがうれしそうに笑う気配がした。くすぐったいなと、リンは思った。


 ビルの胸元に頭を押しつけて、目を閉じる。伝わってくる心音を聞いていると、なぜだか心地よい。落ち着くというか、安心する。昔は、心音どころか人肌にすら緊張していたのに。自分も変わったなぁと実感する。


 小さく笑みをこぼすと、ビルが身じろいだ。すっかり耳に馴染んだ声が「なに考えてる?」と尋ねてくる。リンは「いまですか?」と首を傾げた。


「ビルの腕のなかは安心するなと思って、私も変わったなぁと実感してたんです」


「ああ、そうだね。昔のリンは、俺が『好きだよ』って言うだけで顔を真っ赤にしてたし……ん? これは今もか」


「……そんなこと、」


「あるね。なんなら試す?」


 ひょいと身体を離して向き合い、ビルが悪戯っぽく笑う。それからすぐ、リンが何かを言う前に、ちょいと小首を傾げて言葉を放った。


「愛してるよ、リン」


「………、っ」


 しばらくの沈黙のあと、リンの頬がじわじわと染まった。パッと顔を伏せようとするリンの顎を掴んで、ビルが視線を絡ませる。ちょんと鼻先同士を合わせられて、リンの顔は完全に真っ赤になった。


「……っくく……」


 ビルが笑い声を上げた。おかしそうに喉の奥で笑いながら「ほら」と言う。リンは火照った顔のまま、顎を掴んでいるビルの手を弾き落とした。


「い、いまのはビルが卑怯なんです! あ、愛、とか言うし、顔も近づけてくるし!」


「鼻と鼻くっつけたくらいで恥ずかしがるなよ……あ、唇のほうがよかったか?」


「けっこうです!」


 まじめに睨んでくるリンを見て、ビルが再び吹き出した。実に楽しそうである。じとりとビルを見やって、リンはふいと顔を背けた。完全にからかわれている……なんだか悔しい。きゅっと唇を引き結ぶリンに気づいて、ビルは笑いを引っ込めた。


「……リン、ほんとに好きだぜ。君といられて、すごく幸せだ」


 打って変わって穏やかに微笑みながら、ビルが言った。リンの左手を取って、薬指に光るリングを、そっと指先で撫でる。リンはちらりとビルの左手へと視線をやった。同じように、薬指でリングが光っている。


「……私も、幸せです」


 ぽつりと呟く。ビルにはしっかり届いたようで、ぎゅうと抱きしめてきた。ちょっとだけ苦しいけど、やっぱり落ち着く。頬を緩めて、リンは再びビルの胸元に頭を寄せた。




**あとがき**
 雪様リクエスト“世界連載ifでもしビルと結婚したら”でした。甘い話ということで、たくさんスキンシップを取ってもらいました。ビルと「世界」主の同棲期・新婚期はこんな感じだと思います。で、ロンやチャーリーあたりに「自重しろビル」とか言われてたらいい。
 やはり年上なぶん、ビルのほうが余裕ありそう。そして相手が奥手(うぶ?)な場合やたらスキンシップを求める。反応が見たい的な。ちょっとした虐めっ子的な。そんなビルだといいなっていう sincere の願望です。



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