はじめてビル・ウィーズリーを見かけたのは、三大魔法学校対抗試合のとき……代表選手であったフラーを応援するためにイギリスへと赴いたときのことだった。


『迷子かい?』


 一人で校内を散策していたとき、不意に声をかけられた。振り返ると、赤毛で長身な男性がいた。やけにフラーが視線を向けていた男性だと気づいて、瞬いた。なるほど、フラーが関心を持つのも道理。稀に見る美形だった。だからといって、私自身はなんとも思わなかったのだが。


『ボーバトンの代表選手の家族だよな? はぐれたのかい?』


『いいえ。図書館にお邪魔しようと別行動を取っているところです。教えられた道順はしっかり記憶してますから、迷子ではありません。お気遣いありがとうございます』


 ゆっくりした速度で話しかけてきた彼に、ふつうの速度で返事をすれば、彼は少しだけ目を丸くした。おそらくフランス人である私を気遣ってくれたのだろうが、英語を習得済みの私には、その配慮は無用であった。


『……すごいな。びっくりするくらい英語が上手だ』


 ふと笑った彼に礼を述べて、私は再び図書館への道を進み始めた。……なぜか彼がついてきて道中いろいろと話題を振ってきたので、仕方なく会話を交わしたのだが。


 それが、ビル・ウィーズリーとの初の接触だった。



 そして現在、彼と私は先輩後輩という関係になっている。私がフラーと一緒にグリンゴッツ魔法銀行に就職したからである。……厳密に言えば、フラーはパートタイムで、私は正規の銀行員だ。さらに彼が私の指導係となったため、私のほうが彼と過ごす時間が多くなってしまい、彼に好意を持っているフラーに申し訳がない。


『**、ビル、おつかーれさまっ』


 仕事に区切りをつけ、彼と一緒に休憩室に入る。偶然なかにいたフラーが私たちに気づき、笑顔を咲かせて駆け寄ってきた。まず私にぎゅっと抱きついて(私も抱きしめ返した)、労わりの言葉をいくつか交わす。その間、彼はどこか気まずそうに視線を彷徨わせていた。


 ひとしきりのスキンシップを終えたあと、フラーは私を離し、彼にも笑顔を向け、当たり障りのないことを話しかけた。彼も簡単に言葉を返す。


 そのさまを見て、私はそっと視線を外した。ぼんやり壁を眺めていると、一か月ちょっと前にフラーと交わした会話が脳裏に浮かんできた……。



「私、ビルに振られたわ」


 パサッと髪を背後に振り払いながら、フラーはひどくあっさり堂々と言った。私は発言の意味を瞬時に理解することができず、しばし呆然としていた。そんな私を見て、フラーは「**へのドッキリ成功ね」と微笑んだ。


「……ドッキリ……」


「振られたのは事実だけど」


 髪を掻き上げて、フラーは苦笑した。私は唇を噛み締めた。フラーはしばらく沈黙したあと「たぶん罰が当たったのね」と呟いた。私が思わず「罰……?」と聞き返すと、フラーは溜め息混じりに「そう」と頷いた。


「あなたもビルに好意を持ってると気づきながら、私、あなたが私に遠慮してくれてることに甘えて、自分本位に行動してたから」


「ちがうよ。遠慮じゃなくて、気後れ。私じゃフラーにはぜったい敵わないって縮こまってただけ」


「呆れた。あなたまだ自分に自信が持てないの? 何度も言うけど、あなたはすてきな女性よ。なにせ私の双子の妹だもの。容姿は文句なしの美少女だし、頭はいいし、他人への気遣いもできる。足りないのは自信と度胸だけ」


「……そんなこと、」


「それに、ビル、**が好きだって言ってたわ」


「……え?」


「ほら、**、自信を持って。あなたがビルをものにするのよ。この私を振った男がそこらの平凡な女と結ばれるなんて許せないもの ――― そんな顔しなくていいの。私は美しいから、すぐにもっと良い男を手に入れてみせるわ」


 高慢で不敵な言葉と表情で、フラーは私の背中を押した。私は逡巡したのち、謝罪と礼とともに頷いた。それがフラーの精いっぱいの強がりだと、私は知っていた。



 **。名前を呼ばれて、私はハッと意識を現在に戻した。彼が私を見つめていた。咄嗟に視線を逸らし、フラーの姿を探す。しかし、フラーはおろか人影一つ見当たらない。室内には私と彼の二人きりのようだ。


『フラーなら仕事に戻ったよ』


 ……そうですかと相槌を打って、ソファへと向かって歩き出した彼についていく。腰かけた彼が、自分の隣のスペースをポンと叩く。私は迷ったあと、そっとそこに腰を下ろした。


 途端、彼の側にある手を絡め取られる。恋人つなぎというやつだ。自分の体温が急上昇したのが分かった。唇を引き結んだとき、彼のクスクス笑いが耳に届いた。


『……**、顔赤いね』


 私は無言をもって返した。何か言ったところで、あいにくと彼には通用しない。厄介な人なのだ。私が悶々と考え込んでいると、彼が言葉を発した。


『一か月前のこと、覚えてる? 君のことが好きだって、俺が言ったこと』


 思わず、手に力をこめてしまった。慌てて力を抜く。爪を突き立てはしなかっただろうかと心配する私の頭上で、彼は『思いきり動揺したね、**。かわいい』などと笑う。ひとの気持ちも知らずに、この人は……。


 少しだけ恨みがましい気持ちで視線を向けると、彼と目が合った。にっこりと目が細められ、その視線にとらわれる。絡め取られた手が、より力強く包み込まれる。


『なあ、**。告白の返事はいつくれるんだい? 俺けっこう待ってるんだけど』


『……それ、は……』


『そろそろ返事がほしいな』


 口角を上げて笑う彼に、身体が熱くなる。なんだこのひと。私を殺す気だろうか。


「……私も、あなたが好きですよ、ビル」


 視線を逸らして、あえてのフランス語で呟く。彼は目を丸くしたあと、うれしそうに頬を緩めた。彼の口から「はじめて俺の名前を呼んでくれたな、**」と滑らかなフランス語が出てきて、吃驚する。


 私の視線を受けて、彼は悪戯っぽく笑った。……どうやら知らぬ間にフランス語を習得していたらしい。


「俺も**が好きだよ」


 幸せそうに言って顔を近づけてくる彼に、私は観念して目を閉じた。まったく、ほんとうに、このひとは。




**あとがき**
 ヒナ様リクエスト“フラー双子妹設定のヒロインでフラーも好意よせてたけどヒロインがビルと結ばれる話”でした。甘傾向ということで、がんばりました。
 フラーも好意を寄せて……の部分を考えると、どうしても切ない要素が入り込んでしまって……。何度か修正をかけて、ようやくこの形に落ち着きました。甘く見えると幸いです。
 双子の妹という設定がなかなか生かせられなかった気がします。あと、時間軸が少し分かりづらいかなと思います。そこだけ反省。



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