「こんばんは、ミス・ヨシノ」

 にこりと微笑んでくる美少年に、リンは困惑しながらも会釈をした。

 いましがた廊下の角で出くわしただけの、面識のない人だ。ネクタイから察するにスリザリンの生徒のようだが、自分に何の用だろうか。

「もしかして僕のこと知らないかな? トム・リドル、スリザリンの四年生だ」

「……どうも……ハッフルパフの二年のリン・ヨシノです」

 差し出された手と握手しながら、リンは少年を観察した。彼が噂のトム・リドル ―――「容姿、学業、人望、すべてにおいて学校一番の完璧少年」らしい。たしかにオーラがある人だと、リンは思った。

「クィディッチの自主練習かな? 夜遅くまで熱心だね」

 リンが持つ箒を一瞥してリドルが言った。頷くリンを、また柔和な表情で見下ろす。

「この間のクィディッチの試合を見たよ。思わず見惚れてしまうほど見事な飛行だった。君は優秀なシーカーだね」

「いえ、私なんてまだまだです」

「そんなことないよ。もっと自信を持っていい。……その様子を見るに、謙遜のきらいがあるという噂は本当みたいだね。もったいない」

 にこにことリドルはつらつら話す。リンは箒を握る手にわずかに力をこめた。なんだか苦手なタイプの人だと感じる。褒め言葉を多分に含んだ話し方は、スラグホーン先生そっくりだ。

「……あの、先輩? 私、もう寮に帰らないと」

「ああ……そうだね」

 すっと優雅に取り出した時計を見て、リドルが頷いた。寮の入口まで送ろうかという申し出を丁寧に断り、リンは彼と別れ、足早に寮へと帰った。あまり彼とは関わり合いたくないなと思いながら。



 しかし、リンの願い虚しく。トム・リドルはその日以降、頻繁にリンの前に姿を現わすようになった。大広間、図書館、ふくろう小屋、廊下……いろいろなところで声をかけてくるので、リンは辟易していた。

「いいなあ、リン、あんなかっこいい先輩とどこで知り合ったの?」

「リン、最近トムと仲が良いのね。彼に話しかけてもらえるなんて羨ましいわ」

 友人たちや先輩たちはそう言うが、リンはあまりうれしくなかった。柔らかな笑顔と物腰のトム・リドルだが、リンを見る目が獲物を狙う獣のようで、おまけに神出鬼没で、ちょっとだけ怖かった。

 ふうと溜め息をつくと、隣でボウトラックルと戯れていた(ボウトラックルで遊んでいたと言ったほうが正しい)ハグリッドが手を止めて、顔をリンのほうへ向けた。

「どうした、リン? おまえさんが溜め息なんざ珍しいな」

「うん……いや、ちょっと疲れてるだけ」

 心配させてごめんね、大丈夫だから。そうリンが笑うと、ハグリッドは「無理すんなよ」と言い、空を見上げた。日が傾き、森は赤く照らされている。そろそろ城の中へと帰るべき時間帯だ。

 立ち上がった二人は、森を抜けて城への道を歩き始めた。ハグリッドとしゃべりながら歩いていたリンは、ふと、正面玄関のところにトム・リドルがいるのに気づいた。背筋をピンと伸ばして、二人が近づいてくるのを待っている。

「……こんばんは、リドル」

「こんばんは、リン。ちょっといいかい?」

「なんだ、おまえさん。リンを離せ!」

 通り過ぎようとしたリンの腕を、リドルが取る。そんな彼を警戒してハグリッドが唸り声を上げた。リドルの目が静かにハグリッドをとらえ、二人が睨み合う。それを見て、リンが慌てて口を開いた。

「ハグリッド、あの、この人は知り合いの先輩で……」

「その通り、僕と彼女とは既知の間柄でね。スラグホーン先生からの伝言を届けにきたんだ。疑ってるようなら、君も一緒に聞くかい?」

 リドルは完璧な愛想笑いを浮かべて首を傾げた。ハグリッドは気に食わないという顔をしたが、フンと大きく鼻を鳴らし、「リンに何かしたらただじゃおかねえぞ!」と脅し文句を残してドスドスと歩き去った。

「……彼は君の友人かい? あのルビウス・ハグリッドは?」

「はい。遊び友達というか、何というか」

「そうか、ずいぶんと仲が良いんだね。……気に入らないな」

 ぼそりと最後の部分を呟いたリドルが、リンの腕を掴む手に力をこめる。それを感じ取ったリンが視線を向けると、リドルは無表情でハグリッドを見つめていた。それから、リンの視線に気づいて、いつもの柔和な笑みを浮かべる。

「……さて、リン、ついてきてもらえるかな。スラグホーン先生が夕食会を開くんだ。君が毎回欠席をするものだから、先生は非常に悲しんでおられるよ」

「え、あ、」

 リンが何かを言う前に、リドルは歩き始めた。腕を引かれ、リンも彼に続く。道すがら、リドルはまたつらつらと話をした。

「リンもスラグホーン先生のお気に入りの一人だったんだね。知らなかったよ。彼の口から君の名前が出てきたときは本当に驚いた」

「はぁ……」

「どうして彼の夕食会に出ないんだい? ハグリッドやほかの友人たちと過ごしていたとでも言うのかい? そんなことせず夕食会に顔を出してくれていたら ――― 」

 リドルが不意に言葉を切った。リンは不思議に思って彼の顔を見上げる。後ろからなのではっきりとは窺えないが、迷っているような表情をしていた。なんと続けるべきか考えているか、あるいは、自分は言おうとした言葉に困惑しているような。

「……まあ、いいさ。とにかく僕のものにしてしまえば……時間はまだある……」

 リドルの呟きと、彼が部屋のドアを開ける音と、ドアの向こうから漏れてきた音。すべてが重なり、リンは彼の言葉が聞こえなかった。聞き返そうにも、スラグホーンが「ほっほう!」と歓声を上げて近づいてきたため、チャンスがなくなった。

「これはこれは! リンじゃないか! なんと、トム、君が連れてきてくれたのかね? いやはや、すばらしい!」

 興奮するスラグホーンに世辞を返して、リドルはリンへと微笑みかけた。穏やかな笑顔とは裏腹に、リンの腕を掴んでいる力は強かった。まるで、決して離すまいと言うかのように。



**あとがき**
 ヒナ様リクエスト“世界夢主でもし爺世代に生まれていたら”でした。リドル寄りとのことでしたので、とりあえずリドルに狙われてみました。一人の人間として欲しているのか「死喰い人」として欲しているのかは想像にお任せします。
 爺世代むずかしかったです。リドルとハグリッドとスラグホーンくらいしか登場させられなかった……自分の想像力と表現力の限界を感じました。世代が違うけど苗字が同じって人たちを書き分ける自信がなかった。
 とりあえずハグリッドと仲良し設定が書けたので(そこだけ)満足。あ、勝手にハグリッドと同い年にしてしまいました。そこら辺の指定がなかったので、つい。お嫌でしたら申し訳ない。



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