「リン! 一緒に組まない?」

 薬草学の授業で、三人一組になるよう指示が出た。さてだれと組もうかと考えていると、名前を呼ばれる。振り向けば、アンジェリーナとアリシアがすぐ近くにいた。

「いいけど、珍しいメンバーだね」

「たまにはいいでしょ」

「そうそう、せっかくだしおしゃべりしましょ」

 にっこり笑う二人に、リンは、薬草学の授業でおしゃべりする余裕はないだろうという言葉は言わないでおこうと決めた。素直に二人についてテーブルにつき、鉢植え植物と向き合う。

 結論から言うと、おしゃべりする余裕はあった。アンジェリーナのすばらしい仕事っぷりのおかげである。へたな男子より強いとリンは感嘆した。

「思ったより簡単だったわね」

 ふっと笑うアンジェリーナの背後で、男子生徒グループが一つ、鉢植え植物の蔓に襲われ、その強い力と格闘していた。ちなみにリンの前にある鉢植え植物は、心なしかぐったりして見える。アンジェリーナの拳に締めつけられた一本は、ぶらんと力なくぶら下がっていた。

「……アンジェリーナは屈強だね」

「そう? 照れるな」

「女子としてどうなのその反応」

 真顔で褒めるリンに、照れくさそうなアンジェリーナ。アリシアがツッコミを入れた。ふつう屈強と言われたら傷つくのでは。しかしアンジェリーナが「いや、かよわいよりは強いって言われたほうがうれしいね」と返したので、アリシアは放っておくことにした。

「これはどうだ!」

 不意に派手な声が飛んできた。三人で視線を向ける。双子のウィーズリーが泥団子のようなものを投げ、蔓に打ち返させて遊んでいた。リーやエドガー、ロバートが笑って見ている。

 スプラウト先生に怒られるぞアイツらとアンジェリーナが溜め息を吐き、アリシアが苦笑したとき、リンが「あ」と声を漏らした。同時に、べしゃっという音。セドリックの顔面に泥団子が命中した音だった。



「……災難だったね」

 薬草学の授業後、セドリックと並んで歩きながらリンが言った(一緒に帰ってやってくれと、彼の友人たちに頼まれた)。きれいな状態に戻ったセドリックは「はは……」と困ったように笑う。

 あのあと温室は騒々しい空間となった。まず女子生徒たちが悲鳴をあげ、スプラウトが説教を始め、しかしそれを無視して双子が爆笑していた。双子に限らず男子生徒は全員(セドリックの友人たちを含めて)笑っていたので、男子の悪意なき薄情さとツボの浅さには呆れてしまう。

「情けないな、あんなかっこ悪いシーンを見られるなんて……」

「べつに、セドリックはかっこ悪くなんてないと思うけど」

 視線をさまよわせ空笑いしていたセドリックが、リンの言葉を聞いて「ほんとに?」と瞬いた。リンは「うん」と頷く。

「けっこうなスピードだったし、ほかのひとだって避けられなかったよ」

 至極まじめにフォローするリンに、セドリックは「……ああ、そういう意味か……」と呟いた。心なしか落胆しているような雰囲気だ。リンが首を傾げたとき、後ろから「ウェーイ!」という声が飛んできた。

 授業後に居残って後片づけをさせられていた双子が、晴れやかな顔で駆けてくる。どうやら仕事が終わったらしい。つかれたー! と叫びながら笑顔で走ってくる。言葉と表情と行動がズレている。

「よう、リン、ディゴリー」

「さっきは悪かったな」

「でも泥もしたたるいい男だったぜ」

 バツの悪そうな顔で謝るジョージとは対照的に、フレッドはケラケラ笑う。セドリックは「大丈夫だよ」と苦笑した。性格がよくわかるなとリンは感想を抱く。

「お詫びにこれやるよ」

「いや、遠慮しておくよ」

 フレッドから手渡されたゲーゲートローチを、セドリックは丁重に返却した。双子は「べつにおまえに食えって言ってるわけじゃないぜ?」「ほかのだれかにやって、反応を見るためのものだぞ」と首を傾げる。

「いや、僕、だれかに悪戯するだけの度胸がないから」

「あーそういうことか」

「ディゴリーはお優しいしな」

 つまらなさそうな顔をして、双子は「じゃあ代わりにこれ」となにか球のようなものをセドリックに押しつけ、「よし、昼飯だ!」と城へと駆けていった。残されたセドリックは呆然と見送る。リンはセドリックの手元をのぞき込んだ。

「……なに、それ? 思い出し玉に似てるけど」

「さあ……」

 くるくる手の内で転がしてたとき、ポンと音がして、ピンク色の煙が膨れ上がった。紙吹雪ともに、ポッポーと白いハトが出てくる。二人は呆然と目をぱちくりさせた。

「……マグルのマジックで、こんなようなのがあった気がする」

「へえ……そう、なんだ」

 リンがぽつりと感想を述べると、セドリックもぽつりと相槌を打った。セドリックの頭の上に身を落ち着けたハトが、クルルと喉を鳴らす。一拍置いて、セドリックが吹き出した。

「ははっ、これなんていう悪戯グッズだろ」

 なんだかわからないけど、おもしろい。珍しく声をあげて笑うセドリックを見て、リンも頬を緩めた。クスクス笑うと、それに反応するようにセドリックが笑いを深める。

 ひとしきり笑ったあと、セドリックは息をついた。続いていた振動がようやく収まり、ハトもふうと息をついた、ように見えた。

「うん、こういう悪戯なら、平和だし、好きかもしれない」

「そうだね、ハトもすてきだし」

 ついと手を伸ばして、リンはハトを撫でた。羽毛の感触が心地よい。雪みたいに真っ白な羽で、視覚的にも魅力的だ。

「……きれい」

「………リンだってきれいだよ」

 ほうと息を漏らすリンに、セドリックが言った。リンはきょとんとした表情で、至近距離にあるセドリックの目を見つめる。一瞬の沈黙のあと、慌てて飛び退いた。

「っ?! ご、ごめんなさい、近かった!」

 ハトを撫でようとすれば、ハトを乗せているセドリックにも近づくことになる。そこまで考え至らなかった数分前の自分が恨めしい。わたわたするリンに、セドリックは「いや、いいよ、役得だったし」と言った。そしてすぐまた「いや」と否定する。

「ごめんなんでもない。えっと、そろそろ昼食を食べにいこうか。食べ損ねそうだ」

 早口でまくしたてて歩き出すセドリックの背中を、リンは不思議そうな顔で見つめる。が、すぐに彼の背中を追うべく足を踏み出したのだった。



**あとがき**
 ヒナ様リクエスト“世界夢主でもしもセドや双子と同じ年に生まれていたら”でした。「相手はセドよりのほのぼの甘」とのことでしたので、セドリックとちょっぴりいい雰囲気を目指しました。
 前半すこし女子が出張った。アンジェリーナがかっこよすぎて、つい。双子はムードメーカー。ブレーカーでありメーカー。愛しい。そして微妙に不運でヘタレなセドリックは魅力的だと思います。



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