| 「リンって料理うまいよね」
騎士団本部のキッチンにて夕食づくりの手伝いをしていたとき、不意にハリーが言った。彼と共同作業でジャガイモの皮むきをしていたリンは、きょとんとした。
「どうしたの突然」
「なんとなくそう思ってさ」
「そっか」
照れたように笑うハリーに対して、リンがあっさりした相槌を打ち、そこで会話が終了した。また黙々と作業に戻る羽目になる。数秒のち、またハリーが口を開いた。
「えっと、料理が上手な女の子ってモテるよね」
「そうなの?」
「うん、ロンとか双子たちがそう言ってた」
「ふぅん……」
再び会話が途切れた。静寂のなか、ハリーは「あれ……?」という気持ちになった。なぜだろう、会話が続かない。予想以上にリンの反応が薄かった。自分は話題のチョイスを間違えただろうか。それとも、リンがハリーとの会話に興味がないとか……いや、リンに限ってそれはない、はず。
ちらりとリンを見ると、まじめな雰囲気でジャガイモの皮むきに取り組んでいた。うん、きっと作業に集中してるからだ。だから会話に意識があんまり向かないんだ。きっとそう……あれ、でもリンって、複数の作業を同時にこなせるって特技があったような……あれ?
ぐるぐる混乱するハリーを、入れ替わりでリンが見る。手を止めてなにやら考え込んでいる様子の彼に首を傾げたが、ここは話しかけないほうがいいだろうと判断し、視線をジャガイモに戻した。うーん、このジャガイモ、凹凸が激しいな。
その間に思考の荒波からひとまず脱出したハリーは、またリンを盗み見て、少し落ち込んだ。もう少し早ければ目が合っただろうに、不憫だ。二人の背後のテーブルに座っていたスイは思った。なんと見事にかみ合わないことか。
猿(ただし中身は人間)に不憫に思われているなど露知らず、ハリーは内心で溜め息をついた。リンとの距離を縮めるべく、まずは会話を楽しくはずませようと奮闘しているのに、まったく報われない。悲しい。
溜め息をつきそうになる自分を、ハリーは慌てて抑えた。好きな人のまえでは、溜め息をついたり他人の悪口を言ったり舌打ちをしたりすることは極力やめたほうがいいと、ビルからアドバイスをもらったことを思い出したのだ。
これが意外とむずかしいんだよなあとハリーは思った。溜め息なんてほとんど生理現象だ。抑えるのはむずかしい。でもそういえばビルってめったに溜め息つかないな……美形は生理現象すらも制御できるというのか。すごい。
って、いや待て。そうじゃないだろう。だんだんと妙な方向へ思考が向かっていることに気がついて、ハリーは思考にストップをかけた。落ち着こう自分。とりあえず会話だ。話しかけないと。こんな思考、一人のときにいつでもできる。
「リンの得意料理ってなに?」
「得意料理? んー……よくつくるのは、ほうれん草のお浸しとか鮭の塩焼きかな。母さんの好物。洋食だったらサンドイッチとかパイをよくつくるよ。あと、おもしろいのはスイーツ」
「おもしろい?」
「うん。スイーツってレパートリーが豊富で、覚え甲斐がある」
「楽しそうだね」
「実験に似てるところもあるんだよ。少しでも手順がちがうと出来上がりも変わってくるから、とっても興味深い」
「……へ、へえ、そうなんだ」
相槌に困って、ハリーは苦笑いをした。どうしよう、菓子作りが実験に似てるというくだり、あまり菓子作りをしたことがない自分にはちょっと理解できない。ハーマイオニーなら分かるのだろうか……いや、彼女は家業が歯医者だから、菓子なんてつくらないだろうな。などという思考をかっ飛ばして、ハリーはリンに笑いかけた。
「リンはいろいろなものがつくれるんだね。すごいや」
「そう? 私よりモリーさんのほうが、腕もレパートリーも上だと思うけど」
「……おばさんは母親してるから慣れもあるんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
納得だとリンが頷いた。あ、会話が終わる。焦ったハリーが口を開きかけたとき、リンのほうが先に「ところで」と言葉を発した。
「どうして料理の話ばかりするの?」
「えっ、や、ほら、だっていま料理中だし!」
なぜか必死な素振りで言うハリーに、リンは「そっか」と返した。また会話が途切れると焦って、ハリーは「あと、ロンたちが『料理上手な女子はポイント高い』とか言ってたから、なんとなく気になって!」とつけ足した。
直後ハリーは、なに言ってるんだ自分……と内心で落ち込んだ。そんな様子を背後から客観的に見ていたスイが「がんばれ青少年」と応援旗よろしく尻尾を振るが、当然ハリーは気づかない。
リンは背後のスイを気にしながらも「ポイント、ね」と呟いた。ジャガイモの皮をむく手が止まっていないのはさすがである。
「ひとに対して魅力を感じる点は、ひとそれぞれだと思うけど」
「あ、うん、僕もそう思ってるんだけどさ、参考までに」
「そうなの? そのモテ要素って、料理上手以外にいくつあるの?」
「えっ……えっと、たくさんあるよ。笑顔がかわいいとか、髪がきれいだとか、手足がきれいだとか、胸が大き……あ、ごめん、なんでもない」
ぽろりと言いかけて、ハリーは口を噤んだ。彼の耳が赤いのを見て、スイは「思春期だなあ」とニヤニヤ笑う。一方のリンはとくに気にしなかったらしい。
「ふぅん……理想像みたいなものなんだね。ハンナとかベティたちも、よく男性について似たようなこと話してる」
「た、たとえば?」
「んー……背が高いとか、笑顔がかっこいいとか、行動が紳士的だとか」
あとでビルやシリウスに身長を伸ばす方法と紳士的な振る舞いについて聞こうと、ハリーは思った。そんな心中を知らず、リンは「理想論で考えてても意味ないと思うけどね」とバッサリ言う。
「理想と現実はちがうもの。実際ひとが結婚する相手は必ずしも理想のタイプではないらしいし」
なにそれどこ情報。ハリーは気になったが、そこはまあ置いておくことにして、とりあえず、リンの意見を吟味する。
「……たしかに、モテ要素がないから好きにはなれないってことはないかも」
「でしょう?」
「うん。たとえモテ要素がまったくないとしても、僕はリンだったら結婚したいなって思うだろうしね」
リンが動きを止めた。しかし、ハリーがそれに気づく前に、ウィーズリー夫人がハリーを呼んだ。なにやら手伝ってほしいことがあるらしい。ハリーは「ちょっと行ってくるね」と言い置いて、リンのところから去った。
しばらくの沈黙のあと、リンが「すごい殺し文句を聞いた気がする」と呟いた。彼女の耳が赤いのを目視して、スイは「ハリーは天然タイプのタラシだな」と小声で言った。
**あとがき** みず様リクエスト“「世界」で、リンがハリーにときめいちゃうお話”でした。とくに指定はありませんでしたが、ハリー側に恋愛感情があるという形で書かせていただきました。そのほうが書きやすかったので。 ときめく部分が最後だけになってしまいました。でもこれが最善かなと思います。たぶん中盤でときめいたら続かないので。誰かが割って入らないと硬直したままになる気がします。 ハリーは、意識しての言動より無意識の言動のほうがかっこいいと思います。個人的なイメージですが。それを意識して書いてみたのですが、きちんと表現できているか不安です。伝わったらいいな。
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