「僕と結婚してくれませんか」

「……え、」

 まっすぐ真剣な目をしたセドリックからそんな言葉をもらって、リンは硬直した。繕っていた最中の大きなローブ(セドリックのものである)が、リンの手からこぼれる。

「……いや、かな。僕と結婚するのは」

 固まるリンを見て、セドリックが眉を下げた。リンはハッと我に返って「い、いえ」とどもる。

「あの、突然のことに、ちょっと、びっくりして」

「……僕は、ずっと考えてたよ。リンと夫婦になりたいなって」

 静かな声でセドリックが言った。すっと背筋を伸ばしている彼を前に、リンもローブと針を横に置き、背筋を伸ばした。セドリックはリンが聞く体勢を整えたのを確認して、また話を再開する。

「僕たち、恋人になってからもうけっこう長く経ってるよね」

「……そうですね」

「そして僕たちの気持ちは変わってない。僕はいまもリンを愛してるし、リンも僕のことを好きだと言ってくれてる」

「………、はい」

「だから結婚したいなって、ずっと思ってるんだ。もちろん、その、リンが良ければ、だけど」

 頬を染めたセドリックが、落ち着きなく視線を彷徨わせる。リンもぎゅっと手を握りしめて、赤い顔を隠すべく俯いた。ばくばく、心臓の音が耳の奥で響く。

「その……リン、」

 すうと息を吸い込んだセドリックがリンの名前を呼んだとき、リビングの暖炉の火が突然ごぉっと派手に燃え上がった。びくっと身体を跳ねさせた二人が急いで目を向ける。ハリー・ポッターの生首が、暖炉の炎のなかから突き出していた。

「セドリック! 非番の日に悪いんだけど、いまから出動できるかい?」

 どうやら「闇祓い」の仕事らしい。タイミングが絶妙だなんて思いながら、リンは、すばやく立ち上がって用意し始めたセドリックの手伝いをした。

「ごめん、リン」

「大丈夫です。お気になさらず、気をつけていってらっしゃいませ」

「……いってくるよ。帰ってきたときに、プロポーズの返事を聞かせて」

 リンの頬にキスを落として、セドリックが言った。リンがぴしりと固まる。セドリックは微笑んで、暖炉へと入り込んで魔法省へと去った。


**


「えっ、いまプロポーズされたの?」

 突然訪問してきたリンを迎え入れたハーマイオニー(非番のため在宅)は、リンから話を聞いて目を丸くした。「もうとっくに求婚されてると思ってたわ」と言う彼女に、リンは怪訝そうな表情を浮かべる。ハーマイオニーは「だって」と笑った。

「セドリックったら、昔からリンに惚れ込んでるんだもの。性急に求婚したかと思ったけど……まあ、さすが紳士的だったってわけね」

「………」

「照れて頬を染めてる場合じゃないわよ、リン。早く返事の伝え方を決めなくちゃ。せっかくだし、うんと驚かせないとね」

 ……ふつうはまず、なんと返事をするのか尋ねてくるものではないのだろうか。疑問に思ったリンだったが、心のなかに留めておくことにした。言ったところで「どうせあなた、返事は決まってるんでしょ」などと返されることは目に見えている。

 嬉々として何やら考え出すハーマイオニーを前に、リンは溜め息をついた。相談する相手を間違えただろうか……いや、なぜか当人以上に興奮してしまうハンナや、冷やかしてくるだけのベティや、完全に他人事な反応を示すルーナよりはマシだろう、きっと。あ、スーザンに相談すればよかった。

「……そうだわ! リン、こうしましょう!」

 リンが後悔したとき、ハーマイオニーがキラキラした目を向けてくる。彼女の提案を聞いて、リンは即行で「むり」と拒絶した。


**


 ハーマイオニーの家から瞬間移動で自宅へと帰ってきたリンは、ふうと溜め息をついた。疲れた……結局ハーマイオニーに押し切られ、妙な返事の伝え方をやらされる羽目になってしまったし。どうするべきか悩む。やらないとバレたときにうるさいし……しかし、やるのは少し、というかかなり気恥ずかしい。

 悩んでいると、不意に肩を叩かれた。顔だけで振り返ったリンは、セドリックと目を合わせ、きょとんとした。ああ、仕事を終えて帰ってきていたのか。なんて呑気に認識するのは一部の思考回路だけで、ほかの思考回路は停止した。

「……えっと、おかえり、リン」

「………た、ただいま帰りました」

 内心焦っているリンを知ってか知らずか、セドリックは「溜め息ついてたけど、何かあったのかい?」と首を傾げてくる。リンは迷った。まさか「あなたへのお返事をどうやってするか考えてて……」なんて言えない。

 視線を彷徨わせて口ごもるリンを見下ろして、セドリックはふと目を伏せた。

「……変に気を遣わせちゃったかな」

「え?」

「返事は帰ったときに聞かせてって言っちゃったから」

 どことなく寂しげな声音を耳にして、リンはくるりと身体の向きを変えた。驚いたセドリックが何か言う前に、腕を伸ばして彼に抱きつく。途端に熱くなった顔を隠すため、セドリックの胸元へと、俯き加減に頭を押しつけた。

「っえ? え、リン?」

「……こ、言葉より態度で示したほうが気持ちは伝わると聞いたので」

 一息に言って、リンは目を瞑った。心臓の音がうるさい。二重に重なって響いてくるのは、きっとセドリックの心臓もドキドキしているからだろう。

「……そ、れは、リン、あの、オッケーの返事だって解釈していいのかい?」

 緊張のせいか乾いた声が、頭上から降ってくる。リンは無言のまま、頭をさらにセドリックに押しつけ、指先に力をこめた。

 セドリックが珍しくハイテンションにはしゃぐ姿が見られるまで、あと数秒。



**あとがき**
 K.Hの手記様リクエスト“IFで「世界」主がセドリックと結婚する話”でした。結婚生活を書こうかと思ったのですが、なんとなく求婚ネタを書きたくなったので、このような形にさせていただきました。だめなようでしたら、ご連絡ください。
 セドリックは控えめというか、不安を滲ませて行動するイメージ。告白とか求婚とか慎重にいきそうです。そして途中で邪魔が入ってしまう。だいたいハリーに邪魔される。ちなみに彼は生存したら「闇祓い」になるという、sincere のなかでは固定された設定です。



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