| 「やばいどうしようこれ俺おわった詰んだ死ぬ」
蒼白な顔に荒〔すさ〕んだ表情をのせて呟く竹谷八左ヱ門を見て、××****は「すげぇ顔」と笑った。途端、八左ヱ門が勢いよく振り向く。
「笑い事じゃねえよ!! 俺の成績に関わるんだぞ!!」
「じゃあさっさと取りかかって終わらせろよ」
「そんな簡単にできたら苦労しねえよ……」
はああ……と八左ヱ門が深い溜め息をついたとき、部屋の戸が開いた。ひょっこりと丸い目と髪が現れる。隣人の尾浜勘右衛門だ。後ろに久々知兵助もいる。
「ねーどうしたのー? すごい賑やかだけど」
「いまの八左の表情と部屋の惨状を見て『賑やか』って形容できる勘すごいな」
「えー? えへへ」
「褒めてねぇけど照れ笑顔かわいいから許す」
****は頬を緩めて、いそいそと近寄ってきた勘右衛門の頭を撫でた。相変わらず不思議な感触の髪だと思う****の手に、勘右衛門が頭を押しつける。と、その頭を不意に兵助が押しのけた。
「勘ちゃんばかりずるい。****、俺も撫でて」
「兵助って意外と甘えん坊だよなー」
「何とでも言え」
「生意気だけど伏目きれいだから許す」
「おまえら何なの……」
兵助のくせ毛をわしゃわしゃ撫でていると、八左ヱ門がげっそりと呟いた。勘右衛門と兵助が「なにって、****にかまってもらいにきただけ」と異口同音に返す。
「俺の心配しにきてくれたんじゃねえの?!」と騒ぐ八左ヱ門に、****は「すまない八左、俺が人気者なばっかりに、おまえに寂しい思いをさせてしまって……」と切なげな表情を取り繕う。八左ヱ門は「うぜえええ……」と身体を震わせた。
「おい隣室、騒がしいぞ。私と雷蔵も混ぜろ」
「忙しそうなところ悪いけど、お邪魔するね、****」
「これ以上せまくなるの嫌だけど雷蔵の雰囲気に癒しを感じたから許す」
ニヤニヤ笑う鉢屋三郎と、ふんわり笑う不破雷蔵が入室してきた。****は「どうぞ入ってくれ」と顔だけ向けて言った。ほんとうは手を振りたいが、あいにくと両手は兵助と勘右衛門の頭を撫でていて忙しい。
「雷蔵、俺には?」
「だれだ私の雷蔵に文句を言う輩は……って、いたのか八左ヱ門。雑多な本の山と書き損じの紙くずとボサボサな頭に隠れて、ただのゴミに見えてしまっていたぞ」
「いるに決まってんだろ、ここ俺の部屋! ってか言い草ひでえ!!」
「頭に隠れて、って表現おかしくね?」
「気にするな****。ところでちょっと顔を貸してくれないか」
「なんだ、また他人の顔で悪戯をする気か? 仕方ないな、友人のよしみで貸してやろう。八左の顔を」
「さすが****。その懐の広さ愛してるよ」
「待ていま俺の顔って言わなかったか」
「気のせいだ」
****と三郎が異口同音にきっぱりと言い切った。ほかの面々も「そうそう、気のせいだよ」「気のせいなのだ。な、雷蔵」「う、うん。気のせいだと思うよ」と二人を援護する。八左ヱ門が頬を引き攣らせたとき、雷蔵が「ところで」と口を開いた。
「なんでハチは紙に埋もれてるの?」
「すっげえいまさらな質問だな雷蔵」
「おい八左ヱ門の分際で私の雷蔵の言動に文句言うな」
「理不尽!」
「僕は三郎のものじゃないけどね」
「ぐふっ、傷ついた。もうだめだ私のライフはゼロだ****お願いだ慰めてくれ」
「よし来い、ごふっ! おいほんとに遠慮なく来るなよ馬鹿」
「すまない****……****なら受け止めてくれると信じてたんだ」
「すごくわざとらしい演技だけど潤んだ目の破壊力すさまじいから許す」
「おまえらほんとに何なんだよ!!」
ついに八左ヱ門が立ち上がって吠えた。びくっとした雷蔵に申し訳ないと思いつつ、ふざけ合っている友人たち(とくに三人にくっつかれている同室者)を睨む。
「おまえらほんとうっせえ!! 俺が明後日提出なのに白紙なままの課題に追われて必死になってるっていうのに呑気にしやがって!!」
「えー、ひと月前に出された課題が終わってないって、それハチの自己責任じゃん」
「後回しにし続けるからそうなるのだ」
「あんな課題、二日もあれば終わるだろう。さっさと本気を出して間に合わせろ」
「三郎、それは君と****だけができることだからね。ハチの場合は手伝ってあげないと……とはいえ、ハチ、たしかに君にも非はあるよ? 提出二日前の時点でまったくの手つかずだなんて……委員長代理として、後輩に示しがつかないとは思わないの?」
「おっと雷蔵が説教を始めた。ただでさえ少ない時間がさらに削られるフラグ。八左ピンチ。だが助けない。いやあ愉快。この光景を楽しむためだけに、昨日一昨日に本気出して片づけちゃった甲斐があるってものだ」
勘右衛門(空き時間に少しずつやっていくうちに片づけるタイプ)に正論を言われ、兵助(計画的に短期間できっちり終わらせる派)に溜め息をつかれ、三郎(面倒なので出された直後に即行で片づけてあとは遊ぶタイプ)に無茶振りを言われ、雷蔵(計画的にこつこつじっくり終わらせる派)に説教され、****(すっかり放置して遊びを優先するくせに唐突に本気を出して即行で片づけてしまうタイプ)に笑われる。
八左ヱ門(ついつい後回しにして期限ぎりぎりで追われるタイプ)は言葉に詰まった。ひとまず雷蔵に平謝りをしつつ、心中で「****マジ俺限定で性格悪すぎる」と実感した。ほかのやつらには甘いくせに。泣きたい。
ちらりと****を見ると、目が合った。ぱちりと****が瞬いて、ニヤリと笑って雷蔵の肩を叩いた。
「雷蔵、八左は聞いてないみたいだし、放置して外行こうぜ。お望み通り一人にしてやろう」
「え、」
硬直する八左ヱ門の視線の先で、****はさっさと立ち上がった。彼の腕に促される形で雷蔵も立ち上がり、ほかの面々も倣った。え、え。困惑する八左ヱ門を置いて、五人は部屋を出る。
「ちょっ、待っ、ぶふっ!」
焦って呼び止めようとした八左ヱ門の顔面に、ばさっと何かが投げつけられた。雷蔵が「ちょっと****、本を雑に扱わないでよ」と咎める声がする。投げつけられた本を見て、八左ヱ門は目を丸くした。
「立ち入り禁止と騒音禁止の注意書きも部屋の前に貼っといてやるから、せいぜい一人寂しく参考書と睨めっこしながらがんばれよ。生物委員会には俺が顔を出して人望をかっさらっといてやるから安心しろ馬鹿八左」
べっと舌を出して、****は戸を閉めた。課題に使えそうな箇所一つ一つに栞が(投げつける衝撃で外れないよう工夫されて)挟まれている参考書を握りしめ、八左ヱ門は唇を噛みしめた。
(……天の邪鬼……)
**あとがき** K.Hの手記様リクエスト“男主で五年生と仲良しこよしな話”でした。五年夢であって、竹谷夢ではないはず。なぜかそんな感じになってしまいましたが。 「仲良しこよし」というリクなので、もうちょっとのんびりわちゃわちゃしてもらってもよかったかも。でも楽しかったし彼らも楽しそうなので満足してます。みんなの個性がうまく出せてるかな。竹谷の扱いちょっと雑になってしまいましたが、最後に挽回(?)できてるといいな。
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