「ねえ、イツルちゃん」

「なんでしょう」

「好き」

 バサーッと音がした。隣を見る。シカマルが棚に冊子を戻す体勢のまま固まってた。肝心の冊子は、先ほどの音の通り床に落ちて散乱してるけど。何してるんだろう。大事な資料だから丁寧に扱えって言った本人が。

 ため息まじりに腰を下ろして拾ってたら、はたけさんの気配が動いた。背後から私に覆いかぶさるように、床へと手を伸ばしてくる。手伝ってくれるのかな。まぁここ狭いから仕方ない体勢ではある。不可抗力。断じてセクハラではないと。分かります。

「オレちょっと休憩いってきます」

 かつてない速さでシカマルが消えた。すごい、やればできる子。感動して気配を見送ってたら、ぎゅうと手を握られた。はたけさんの手によって。……うん?

「はたけさん?」

 振り返ろうとしたら、腰に腕が回ってきて、重心を後ろに傾けられた。踏ん張れなくて尻餅をつく。おそらく感触的にはたけさんの上に。何これ死亡フラグ。特定の層の方たちに知れたら殺されかねない。結界使えばよかったのに、自分のバカ。なんて現実逃避したけど、すぐ引き戻された。

「イツルちゃん」

「……なんでしょう」

「好き」

 ぎゅうと背後から抱きしめられる。これ夢かな。最近疲れてるから、うっかり勤務中にうたた寝してるのかもしれない。試しに頬をつねってみる。痛かった。ダメだやっぱり現実だ。なら向き合うしかない。ひっそりため息をつく。

「……はたけさんのことは尊敬してますよ」

「ほんと? 結婚してくれる?」

「ぶっ飛びすぎです」

「これくらい強引にいかないと、イツルちゃんのらりくらりと逃げるでしょ」

「否定できない……」

 たしかに、異性に告白されたときは鈍感を装って流すことが多い。だいたいそれで脈なしだと諦めるから。しつこい人は真っ向から拒否。それで終わり。いつもなら。

「……年の差すごいですね」

「そうだね。でも偏見とかないんでしょ?」

「でも世間からレッテル貼られちゃいますよ」

「べつにいいよ。それだけでイツルちゃんが手に入るなら安いもんだ」

 腕の力が緩んで、身体の向きを反転させられる。慌てて床に膝立ちしてバランスを取ると、頬に指が触れた。はたけさんと目が合う。……これは、ちょっと卑怯だ。

「イツルちゃん、オレのことちょっとは好きでしょ」

「……優しくて強くてカッコいい方ですからね。自然と憧れや好意は抱きます。でも恋愛とは別物ですよ」

「混同しやすいものだから大丈夫。恋愛感情に塗り替える自信あるしね」

「なんでしょう、すごく背筋がゾッとしました」

「あれ? 怖がらせるつもりはなかったんだけど」

 ごめんねー。なんて軽い調子で言うくせに、腰を抱えてる手も、頬から移動して私の手を握った手も、見つめてくる目も、真剣そのものだった。ほんとに卑怯だ。

「イツルちゃん、……イツル、好きだよ」

 そうやって柔らかく目を細めるの、ズルい。唇を引き結んで、黒い目を見つめる。私の言いたいことが分かったのか、はたけさんが小さく笑った。ぎゅうと手が握られる。

「好きです、オレとつき合ってください」

 身体が熱い。とりわけ、はたけさんと触れているところが。はたけさんの体温が移ってきてるのか、私が意識しすぎなのか。答えは分からない。けど、不快ではない。

「……ふつつか者でよければ、よろしくお願いします」

 潔く負けを認めて、肩の力を抜く。はたけさんがうれしそうに目を細めて、私の手からほどいた手を伸ばしてくる。感触や体温を抵抗なく受け入れるだけでなく心地よくすら思う私は、知らぬ間にほだされていたのかもしれない。完敗だ。

**

「彼女できたー」

 私とつないだ手を持ち上げて、はたけさんがニコニコと言った。瞬間、団子の串が千本のように飛んできた。「ちょっとー危ないでしょ」サラッと避けたはたけさんが半眼でアスマ先生を見る。アスマ先生は真顔ではたけさんを見てた。

「ついにやりやがったなロリコン」

「やめてよその言い方。好きになった子がたまたま年下だっただけだから」

「みんなそう言うけど、それがきっかけになったりするのよね」

 夕日さんがしみじみ言った。はたけさんが「おまえね……」と困った顔。アスマ先生が吹き出して、手つかずの団子の皿を差し出してくる。反射的に空いてる手で受け取る。

「おめでとさん」

「……ありがとうございます」

 小さく笑ったところで、店の外から私とはたけさんの名前が叫ばれた。いのとサクラとナルトの声だった。振り返る。いのに詰め寄られた。

「ちょっとどーゆーこと?! カカシ先生に告白されたってシカマルが言ってたけど!」

 はたけさんも同様にサクラとナルトから詰問されてた。視線を滑らせて、シカマルと目が合う。めんどくせー顔で首の後ろを掻いている。その横のチョウジは困惑顔で、しかししっかりポテートを食べてた。サイは無言で傍観。みんな安定だ。

「あー、シカマル。さっきはごめんねー、追い出すことになっちゃって」

「……そう思うなら、場所考えて行動してくんねースか」

 渋い顔するシカマルに、ヘラヘラするはたけさん。サクラが「ちょっとカカシ先生、聞いてる?!!」と声を上げた。はたけさんが「あーはいはい」と首をかしげる。

「告白ならとっくに終わって、彼女できたよ。ほら」

 はたけさんが私とつないだ手を持ち上げる。いのとサクラが一瞬固まって、それから黄色い歓声をあげた。「やだ、イツル、おめでとう!」と「カカシ先生もがんばったわね、ロリコンになっちゃったけど!」的な言葉が二重に発せられた。二人とも似たような発言とはいえ、異口異音は聞き取りづらい。

「イツル、おめでとー」

「あ、オレも! イツルちゃん、おめでとーだってばよ!」

「あー……おめでとさん。めんどくせー事態だけどよ」

「よく分かりませんが、おめでとうございます」

 蚊帳の外な男子が祝福してくれた。ありがとうを返したタイミングで、ぎゅうと手が握られて、頬に体温を感じた。顔を上げる。はたけさんと目が合った。「カカシ先生、何ほっぺチューなんかしてんだってばよ!」ナルトの声に、羞恥心が刺激される。

「はたけさん、人前でこういうことはやめてください」

「えー……『はたけさん』じゃ聞く気しない」

「……カカシさん、人前でのスキンシップは慎みましょう」

「じゃあオレんち行く?」

 はたけさんの側頭部におしぼりが激突した。「油断ならねーな、おまえは……」アスマ先生が渋面。はたけさんは「だってイツルちゃんかわいいからさー」と笑う。やめてほしい。顔面だけを褒められるのは慣れてるけど、そういう風に「かわいい」と言われるのはむずがゆい。

 複雑な気持ちで見上げると、また目が合った。ゆるりと目を細められる。地味にドキドキするからやめてほしい。悔しいので、努めて柔らかく笑い返してみた。

「……イツルちゃんがオレの理性を試してくる」

 はたけさんが私から顔をそむけて呟いた。片手で目元を覆ってるので、完全に表情が分からない。困惑する私の周りで、みんながため息をついた。だからなぜいつも私以外の人たちは疎通ができるんだろう。解せない。


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 思ったより告白に時間がかかったので、祝福メンバーが少なくなってしまった。ガイ先生にバシバシやられるカカシ先生とか、ヤマトさんに心配される夢主とか、ショックを受けるキバとか、楽しそうだけど収拾つかないので割愛。



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