「ジン兄さんもリン姉さんももっと表情筋を活用しましょう!」

「やっぱり無表情って威圧感がすごいですしねぇ」

「表情ってコミュニケーションの基礎だと思うんです!」

「基礎を疎かにせず、初心に帰ってがんばりましょう?」

「上から目線で余計な世話を焼かなくてよろしい」

 一蹴とともに拳骨が落ちた。実に痛そうな音がして、二人が頭を押さえてうずくまる。

「ひどい! 兄さんがかわいい弟たちに暴力を振るった! 僕たちただ、兄さんと姉さんのことを心配して進言しただけなのに!」

「図星を突かれて逆上するなんて信じられない……! いたいけな男児相手に最初から武力行使に出るなんて、まさに悪人の所業です……!」

 何やら床に向かって叫んでいる彼らに、周囲の目が集まってくる。ジンの眉間に深い皺が刻まれた。悪人はどっちだよ。スイは思わず半眼になった。先に手を出したほうが負けとはよく言ったものだ。

「話に区切りがついたならもう行っていい?」

 完全に他人事として傍観していたリンが、ようやく口を開いた。まだまだ時間に余裕はあるが、油断していると一限目から授業に遅刻し兼ねない。瞬間移動という最終手段はあるが、他生徒の目につくような場面での超能力の使用は慎みたい。

「……リン姉様」

 不意にヒロトが手を伸ばしてきた。意図が分からなくて瞬きをする。少しふくれた表情のヒロトが「引っ張ってくださぁい」とさらに手を伸ばす。ケイはジンに同じことをしていた。ジンの眉間に皺が寄せて口を開いたが、ハンナが「甘えたなのね、かわいい」と微笑ましそうに目尻を下げたため、最終的に渋面でケイの手を取った。ならばとリンもヒロトの手を取って引く。

「えへへ…ありがとうございまぁす」

「……どういたしまして」

 ふと違和感を覚えたと同時、ジャスティンが「うっ!!」と胸を押さえて床に崩れ落ちる。慌てて振り返れば、ハンナ、スーザン、ベティとアーニーもリンを凝視して硬直しているのが目に入った。

「じゃあ僕たちこれにて失礼!」

「皆様良い一日をお過ごしくださぁい」

 ケイとヒロトの気配がフッと消える。やけに意味深な言葉と、まるで逃げるかのような態度。ジンも不審に思ったようで「……何を企んでる、あいつら」とひどく穏やかな口調で呟いた。咄嗟にジンを見て、リンは硬直した。スイが肩から落ちかけたのは反射で受け止めたが、意識は完全にジンに向いていた。

「……? どうした?」

 視線に気づいたジンがこちらに視線を向け、柔らかく笑う。口角だけ上げる笑みでも自嘲などでもない、完璧な微笑。ベティが「う……っ」とうめく声が聞こえた。

**

 結論から言うと、喋る際には必ず微笑を浮かべてしまう呪い(術?)をかけられたらしい。表情につられてか口調も穏やかなものになってしまうが、あの後のジンの様子から考えるに、その気になれば不機嫌極まりない声も出せるようだった。ただ表情は微笑なので怖さ倍増である。

 呪いを解こうと超能力で色々試したが、始業時間が迫ってきたので諦めた。ヒロトが「良い一日を」と言ったので、おそらく効果は一日程度。必要以上に喋らないよう気をつけていれば日常生活に支障はないだろう。というのがジンの判断だ。理論的には妥当だが、ティーンエージャーの好奇心を侮りすぎているのが痛恨のミスである。とスイは思った。視線の先では、ジンが双子に絡まれていた。

「一枚だけ! 一瞬で終わるから! だから一緒に写真撮ろう!」

「断固拒否する」

「でももうコリンとデニス呼んじゃってるし……もったいないから撮ろうぜ」

「知るか黙って帰らせろ。というか貴様らも帰れ」

「ヤッベェ! 男でもうっかりすると見惚れる微笑、ッフフ、なのに目が笑ってない挙句、ッフ、ハハ、声が……ッ、地を這うみてぇな低ッ、さ……!」

「笑いすぎだ、フレッド、ッフ、ちゃんと息しろ……ッ、ダメだ腹痛ェ……!」

「いっそ呼吸を止めてしまえ。……ウォルターズ、今何をした?」

「現像したら焼き増しして渡すな!」

「貴様勝手に」

「なるほど! カメラ目線は諦めて勝手に撮ればいいんだな!」

「よしきたコリン、デニス、やってくれ!」

「やめろ」

「人間って微笑みながらドスの利いた声出せるモンなんだな」

 一部の男子生徒に絡まれながら、女子生徒からは遠巻きに熱い視線を送られたり歓声を上げられたりと、かなり大変そうだ。スイはそっと合掌をしてから、さてとリンを振り返る。

「ね、リン、好きか嫌いの二択なら私のことどう思ってる?」

「……好き、だけど」

 ジニーに詰め寄られたリンが、困惑しつつも素直に答える。ジニーは数秒じっとリンを見つめたあと、緩む頬を両手で包んで「幸せ……」と呟いた。

「ズルい! リン、私も、私のことは好き?」

「え、うん」

「ちゃんと言って!」

「……好きだよ、ハンナ」

「私も好き!」

 たいへん可愛らしい光景だ。若いって眩しいな。スイは目をすがめた。すかさずスーザンとベティが便乗するのを見守りつつ、頭上から降ってくるアーニーとハリーの会話をぼんやり聞く。

「……という経緯でね」

「そうだったんだ……今日のリンとジンは話しかければ誰にでも微笑みかけてくれるって噂が回ってきて意味が分からなかったけど、そっか……」

「君もリンに話しかけるかい?」

「……やめとく。なんか心臓に悪いし」

「分かるよ。僕も落ち着かなくて、今日はリンを直視できないんだ。まったく情けない話さ。僕が彼女に抱いている想いは純粋な友情だと言うのに、これじゃあ説得力がない。僕のことを友人と呼んでくれるリンに申し訳ないよ」

「ウン、そうだね……えっと、ところでジャスティンは大丈夫なの?」

「問題ないと思う。彼曰く『今日はリンの微笑みを一瞬たりとも見逃したくない』だけらしいから。授業にすら身が入らないのには僕らも心配なんだけど、それはどうやら他の男子生徒も同じらしくて」

「ああ、ウン。実際ロンもこうだしね」

「エドガーから聞いた話だけど、ジンの教室の女子生徒も似た症状らしい。僕の印象では、先生方はもはや諦めてるみたいだったよ。どちらかというと先生よりマダム・ポンフリーのほうがイライラしてるんじゃないかな? 廊下や階段でリンに気を取られて怪我をする生徒がいたし」

「そんなに?」

「うん。セドリックは階段の消える一段から危うく落ちるところだったし、マルフォイとザビニなんか真正面から柱に激突して……ザビニに至っては追いかけてきたと思えば軽薄な言動でリンを困らせて、何やらノットに呪いをかけられたし」

「……たいへんだね」

 本当にな。心中でうなずいて、スイは疲弊している様子のリンの元へと駆け寄った。軽快にローブをよじ登っていく途中で抱きかかえられる。

「……スイ」

 緩やかな笑みと、安堵がにじんだ声音。これはたしかに一瞬思考を奪われるなあ……。ぼんやり思いながら、スイはそっとリンの頬に触れた。

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 どんな悪戯にするか悩んだ結果、こんなお話にしてみようかなと。2人より周りのほうが振り回されてる感じの悪戯。2人とも最後は疲弊するので悪戯は成功。



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